深い深い夢の奥底につながる世界。闇の直前。
「陛下……」
 夢で見た時と同じようにエリスはそこにいた。アンジェリークはエリスを安心させるように微笑する。
「少し、待っててね」
 そっと、アンジェリークが闇に手をさしのべる。クラヴィスに託された闇のサクリアが闇の中に広がってゆく。
「これは……?」
 心の闇、心の影の部分で構成されたものがクラヴィスの闇のサクリアで中和されてゆく。悲しみ、苦しみ、憎しみ…
そんな感情に闇のサクリアが安らぎを与え、穏やかにさせているのだ。

「入るわね」
 闇のサクリアは今度はアンジェリークを守るようにその身を包む。アンジェリークは臆することなく、中に入った。どこ
までも続くかと思われる闇の空間の中。それはそれだけ彼の心の闇を表わしていると言うことだ。しばらく、歩いてから、
アンジェリークは足を止めた。

(彼…ね……)
 闇の中で膝を抱えて、瞳を閉じている青年の姿。何も見ようとも、聞こうともしないかのように。
「皇帝レヴィアス……。私の声が聞こえるでしょう……?」
 ピクリと青年の肩が揺れる。
「応えて、レヴィアス。それとも、私が恐い?」
 その言葉にようやく青年は顔を上げる。その表情はどこか虚ろで。すべてから逃げているようにも見えた。
「何しにきた…女王よ……」
「あなたと話したくて。」
「俺と話……?」
 ククク…と喉の奥で青年は笑う。
「我に止めを指しに来たの間違いじゃないのか? 俺の魂をここで消滅させれば……。完璧に悪夢は終わるだろう?」
 自分自身の命すらどうでもいいかのように青年は語る。
「私は呼ばれたの。あなたを救ってほしいって……」
「我を救う?」
 その言葉に戸惑った表情。この宇宙の女王の真意を図りかねて。
「ずいぶんと人のいい女王だ。我を救う…とは……。情けをかければ、我が改心するとでも?」
 皮肉気で傲慢でありながら、それはどこか強がった口調に聞こえる。
「意地を張るのはやめたら……?」
「何を言っている?」
「そうかしら。今のあなたは意地を張っている小さな男の子よ……」
「何を……!」
「だって…そう言うふうにしか見えないもの」
 諭すような口調。そして、強い瞳。レヴィアスは目をそらす。すべてを包み、導くその至高の瞳は今の彼には眩しすぎて。
「何を言っている……」
 そう言いながらも、苦しげに顔を背けるレヴィアスにアンジェリークは軽く溜め息を吐く。愛されることに、愛することに慣れ
ないこの青年の無器用な生き方に。

「もう…我のことなど、放っておくがいい……」
「それはできないわ。あの子のためだけじゃないもの。あなたを愛した人のためにも」
「女王陛下の言う通りよ、レヴィアス。子供みたいよ…あなた……」
 その言葉とともにフワリと現れた少女に青年は言葉を失う。
「エリス……?」
「意地っ張りで強がりなところはずっと変わらないのね……」
 困ったような顔で苦笑するエリスにレヴィアスは呆然としたまま。エリスはレヴィアスの傍にしゃがみこむ。
「もう…いいの……。レヴィアス」
「エリス……。」
 青年に少女は優しく微笑みかける。
「あなたが私を愛してくれた…それだけでいいの。もう…これ以上、苦しみを背負わなくてもいいの……」
「我は……」
 それ以上何かを言おうとするレヴィアスにエリスは首を振る。
「あなたが私のために負った罪は私が持っていくから……。あなたは天使のところに行かなきゃ……」
「何を言う、俺は……」
「駄目よ。意地を張らないで。私以上に天使はあなたを必要としているの……。あなたも天使を必要としているじゃない……」
 そう言うと、エリスはその柔らかな手をレヴィアスの手に重ねる。
「愛しているわ…レヴィアス……。だから…もう、悲しみで…憎しみで心を麻痺させないで……。」
 そっとエリスの手がレヴィアスの髪に触れる。すると、漆黒だったレヴィアスの髪が銀色に変わってゆく。
「これは……?」
 自分の姿に戸惑うレヴィアス。闇の塊をその胸にエリスは抱える。
「あなたの罪は私が持ってゆく。だって…これはあなたが私を愛してくれた証でもあるもの。天使の元に行くなら…その姿が
いいわ」

「何を…エリス……?」
「愛しているわ…レヴィアス……。だから、自由に生きてね。もう…悲しみに縛られないで……。もう、あなたはレヴィアスじゃ
ない…アリオスよ……。あの子を選んだときから……。」

 エリスの瞳からこぼれる雫にレヴィアスは無意識に手を伸ばそうとする。だが、その前にエリスの身体は光に包まれる。
「エリ…ス……?」
「幸せになってね……。女王陛下…ありがとうございます……」
 フワリ…とした光に包まれた少女はそのまま光となり、青年を包み込む。それは青年の背負った罪を浄化するように。
「エリス……。」
 レヴィアスの瞳から、涙がこぼれ落ちる。それは小さな男の子が泣いているように、偽りない純粋な雫。
「レヴィアス……」
 二人の会話を見ていた、アンジェリークはかけるべき声に迷う。
「俺は…どうしたらいい……?」
 呟くような青年の言葉。
「どうしたら…エリスの心に報える……?」
「私に聞いているの……?」
 まるで小さな迷い子だ。アンジェリークはそっと微笑みかける。
「簡単なことだわ。あなたの行くべき場所に…行きたい場所に行けばいいわ。そして…おそらく…彼女が望んでいる場所に……。
あなたを愛した…天使のもとに……」

「いいのか……? 俺は罪人なんだぞ。」
「あなたの罪は彼女が持っていったもの。あなたは皇帝レヴィアスではないわ。あなたはアリオスよ。」
「アリオス……」
 偽りの名と自分の姿。けれど…それは最後に望んだ姿だったのかもしれない。最後まで彼が心魅かれた天使が手をさしのべた……。
「私からもお願いね。あの子の傍を離れないで……。あの子をかつてのあなたのように…独りぼっちのままにしないであげて……」
「かつての俺のように……?」
「大切な人を失う辛さはあなたが一番よくわかっているでしょう? あの子は涙一つ零さなかった。辛いのに笑おうとしていた。でもね…
うまく笑えないの。わかるわよね?」

「アンジェリーク……」
 愛しい少女の名を噛み締めるように呼ぶ。あのときさしのべられた手をとることができなかった。その手をとれば、少女までおとしめて
しまうような気がして。恐かったのだ。けれど…なぜ、気づかなかったのか。少女は失うことを何も恐れていないのだ…と。

「お行きなさい…アリオス……。あの子の魂の輝きがわかるでしょう? 天使があなたを導くわ……」
 その言葉とともに闇は光に包まれ、浄化されてゆく。身体が…心が軽くなってゆく。彼が背負っていたすべてを取り除くかのように。
「女王よ…俺は……」
「言葉はいらないから、あの子を幸せにして。ううん、二人で幸せになって。新宇宙とあの子をよろしくね。私と同じ名の天使を……」
 金の髪の天使の優しい光にアリオスの身体が包まれる。その暖かさは…まるで母親の手に抱かれる…そんな感じ。アリオスの身体が…
心が光に融けてゆく。そうして、光は天使に導かれ…もう一人の司る世界へと導かれてゆく……。

 それからしばらくして、新宇宙に初めての生命が宿ったとの報告が女王アンジェリークの元にもたらされた。金と翠の瞳を宿した男の子
だという。
 その報告を聞いたとき、女王アンジェリークは
「そう……」
と、驚くこともなく、微笑みを浮かべていた。
(幸せになってね……。アンジェリーク、アリオス……)
 その微笑みは祝福と慈愛にあふれていた。その笑みの意味は闇の守護聖、クラヴィスだけが知っていた。

|| <BACK> ||  <NEXT> || <Going my Angel> ||