静寂に包まれた執務室。主は水晶球を見つめている。
「そろそろ…か」
誰にともなく呟くと、扉のほうを見る。
コンコン。ノックの音。だが、主は返事をしようともしない。
「クラヴィス、いるわよね……?」
扉を小さく開いて、のぞき込んでくる少女は主の姿を見ると、嬉しそうに破顔する。
「良かった。いるならいるで、返事くらいはしてね」
「女王陛下がこのようなところにいるのだからな。呆れて、声が出なかっただけだ」
「あ…ひどーい」
少しすねた口調は年相応の少女のもの。
「それで…用件は?」
「あのね。最近、不思議な夢を見るの。それで、あんまり眠れなくて。ほら、ちゃんと睡眠とらなきゃ、女王の仕事に
支障が出るでしょ」
「それで私の力を……?」
「ええ、そうなの」
嘘は言っていない。クラヴィスは軽く溜め息を吐く。
「本音を言ったらどうだ? 闇に捕われし者を助ける…とな」
「クラヴィス、気づいてたの?」
「これに映し出されていたからな……。」
クラヴィスの水晶球からは神秘の光。まして、闇はクラヴィスの司る力。気づかないほうがおかしいと、アンジェ
リークは改めて気づく。
「そういうわけなの。お願い、クラヴィス」
ペコリと頭を下げる女王にクラヴィスは苦笑する。彼女は女王だ。その女王が守護聖に頭を下げるとは……。
「断る…といったら……?」
クラヴィスの言葉にアンジェリークはジッとクラヴィスを見つめてくる。有無を言わせない…無意識にその瞳が
語っている。
「どうして?」
「あの者を転生させるつもりか? そうして、どうする? 情けをかけたことで…あの者がまた愚かな道を歩まぬとは
限らぬ……」
「それは……」
いったん、言葉に詰まるが、アンジェリークはすぐに答えを返す。
「私は彼と話をしたいだけよ。あのまま彼が闇に包まれたままじゃ、誰も救われないわ。彼も、彼がかつて愛した人も。
そして…あの子も……。あの子はこの宇宙を救ってくれたのに……」
決して、誰の前でも涙を見せなかった少女。信じた人の裏切りも、その魂を救えなかった時も……。彼女の立場では、
そうせざるを得なかったのにはわかるが、その心はどれだけ傷ついていたのだろう。
「あの時は私の力が足りなかったから…なんて言い訳はしたくないわ。後悔しても仕方ないもの。でも…私は、私ができる
ことをしたいの。誰もが幸せになんて…都合のいい話かもしれない。でも…何もしないままじゃ、駄目よ。動かなきゃ……」
そらすことのできないくらいに意志が込められた瞳。そう、後悔は何も生み出さない。何もできなかったのなら…これから
何かをすればいい。大切なのは前に踏み出す勇気だ。
「それに…もし、あの子の宇宙が大変なことになってら、今度は私が行けばいいだけの話。そうでしょ?」
悪戯っ子の瞳で天使は笑う。
「あれが聞いたら、卒倒しかねんぞ」
「それはそれよ。それとも…もし、そうなったら、クラヴィスは私を守ってくれないの?」
あの子とは共に旅したのに…とも付け加えて。クラヴィスの反応を見るアンジェリーク。
「まったく困った女王だ……」
苦笑混じりのクラヴィスの言葉の続きをアンジェリークは待つ。
「それに…人使いも荒い……」
その言葉にアンジェリークの顔が輝く。
「引き受けてくれるの?」
「そうでもしなければ…安眠できないのであろう? 安らぎを与えるのは私の役目だろう?」
口調は仕方なく…といったところだが、天使に根負けしたのだからこれくらいは許されるだろう。
クラヴィスの執務室に用意された椅子にアンジェリークは腰掛ける。瞳を閉じて、精神を深く沈めてゆく。
「では…始めるぞ……」
クラヴィスはアンジェリークの手を取る。そして…闇のサクリアをその手に託す。アンジェリークはそれを受け取ると、
フワリと…心を飛翔させる。夢の奥底につながる…果てしない世界へ……。
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