日の曜日。ジュリアスはロザリアの部屋のドアの前に立っていた。大事な話があるから…と。
ピンポン。女王補佐官の部屋も呼び鈴である。
「私だ。」
「お待ちください。ジュリアス様。」
すこしして、ドアが開くとロザリアの姿。
「ようこそ、おいでくださいました。」
「ああ。それで…話とは……。」
「中にお入りになってからですわ。どうぞ。」
招き入れられると、そこには見知ったか拝もう一人。
「オリヴィエではないか……。」
「はーい。ごきげんよう、ジュリアス。」
ウインクも添えてのオリヴィエの手招きを素直に受ける気にも慣れないが、席に着かないと話もできない。
「どうぞ。おかけになってください。今、お茶を用意しますわ。」
ロザリアに促されて、ようやく席に着くと、チラリとオリヴィエを見る。大事な話になぜ彼が…と思わなくもない。
ジュリアスとて、オリヴィエを信頼していないわけではない。だが、彼はどちらかと言うと、外から様子を見て、
必要であれば手を出すタイプだ。直接指揮をとるジュリアスとは役割が違う。
「なんて顔してるんだい。私が同席じゃ、御不満?」
どちらかと言うと、からかうような口調。
「そう言うわけではないのだが……。」
「ま、深く考えなさんな。あんたが落ち込んでるって話聞いたし。私でよけりゃ、愚痴の一つも聞いてあげるよ。」
「別に私は落ち込んでなどいない。」
きっぱりと言い切るジュリアス。彼の強情さに思わず苦笑するオリヴィエである。
「何がおかしい。」
「いや…おかしいわけじゃないんだけどさ。あの時のこと、ショックだったのかなって。」
「あの時…とは……?」
「やっぱ、おじさん扱いはショックだったかなって……。」
さらっと言ってのけられるのはオリヴィエならではであるが、それでも、ジュリアスの頬は紅潮する。
「オリヴィエ、貴様、私を愚弄するのか?!」
「そうじゃないけどね。実際、あの時から元気ないじゃない。あんた、守護聖の長でしょう。あんたが落ち込むと、
ほかの人間の士気にも影響するんだよ。」
「う……。」
本当のことなので、反論もできない。
「陛下も心配されてるって、ロザリア言ってたし。」
「陛下が……。」
宇宙を支える無二の存在。そんな彼女に心配をかけているのかと思うと、いても立ってもいられない。誰よりも、
大切な存在だ。ジュリアスは大きく溜め息を吐く。
「そう言うわけではない……。ただ……。」
「ただ……?」
「年齢的なところは幼子から見れば致し方ないことだ。だが、あの少女は陛下の心の心理の奥を表わしているの
だろう? ならば…陛下は私のことを恐れているのではないか……。」
「なるほど……。」
オリヴィエはクスリと笑みをこぼす。天上天下唯我独尊な彼だって、やはり人間なのだと思ってしまい。
「私のやり方は間違ってはいないと思う……。だが……。」
そこで口を閉ざしてしまうジュリアス。沈黙が流れる。
「お待たせいたしました。」
しばらくして、ようやくロザリアがお茶とケーキを運んでくる。シンプルなフルーツのケーキとシャルロットポワーレ
の二種類のケーキ。ダージリンの香りが部屋に広がる。
「へぇ、シャルロットポワーレ?」
「ええ。私が好きなので。」
ケーキを切り分けながらのオリヴィエとロザリアの会話もどこか遠くに聞いているジュリアス。
「どうぞ。ジュリアス様。」
「ああ。」
勧められて、ようやく現実に戻るジュリアス。勧められるままに、フルーツケーキを口にする。
「この味は……?」
ブランデーの香りで程よくまとめられた上品で甘すぎず、優しくて、懐かしい味。この味に触れたのはそんなに
遠くない日のこと。
「ロザリア、これはまさか……。」
「覚えておられますの?」
柔らかく微笑むロザリア。オリヴィエは椅子から立ち上がると、ドアまで歩いてゆく。
「もういいよ。入ってきても。」
そういって、ドアの外にいる人物に声をかける。その人物の姿を見た瞬間、ジュリアスは硬直した。
「陛下……。」
戸惑うジュリアスにアンジェリークは微笑みかける。
「ごめんなさい。叱られてしまうわね、陛下ともあろう方がって。でも、最近のあなたのことがすごく気になってたの。」
「申し訳ございません。陛下に御心配をおかけするなど……。」
ジュリアスの言葉にアンジェリークは首を降る。
「陛下……。」
「私の話、聞いてくれる?」
逆らえるはずもなく、無言で頷くジュリアス。アンジェリークはフワリと微笑むと、語り始めた。
「私…女王候補になった頃。あなたがすごく怖かったの。女王候補と言っても何の教育も受けていなかったし、何を
したらいいのか、漠然とですら分からなかったもの。だから、すごく怖かったの。スモルニィの先生達よりずっと、厳し
かったもの。」
「……。」
「でも…あなたの厳しさは裏づけされた厳しさだったと思うの。あなたが厳しく言ってくれたから、私は自分の使命の
重さを知ることが出来たもの。漠然としながらも、自分のとらなきゃいけない道を見つけることが出来たの。甘やかせる
のは簡単なことよ。でも、厳しく言うことが出来るのはなかなか出来ると思わないから。あなたの厳しさは相手のことを
本当に思っての優しさだから……。」
淡々と語るアンジェリークにジュリアスは胸がいっぱいになるのを抑え切れない。女王候補時代、ずいぶん厳しく接した
こともあった。だが、女王となったアンジェリークにはちゃんと伝わっていたのだ。厳しさの裏に込められた想いを……。
「あの時、小さな私がおびえていたのは。表面的な厳しさしか見なかったからだと思うの。ちゃんと見てたら、わかるのに。
ごめんなさい。」
「あ…謝らないでください。陛下……。そのお言葉だけで十分ですから……。身に余る光栄です……。」
落ち込んでいた自分が恥ずかしくなる。アンジェリークはちゃんと知っていてくれた。恐れてなどいない。ちゃんと理解
してくれている。それだけで、十分なのだ…と。
「ありがとう、ジュリアス。これからも、よろしくね。」
「陛下……。」
アンジェリークの、天使の笑顔で癒される。想いを巡らせるだけでは出ることの出来ない迷宮にいとも簡単に光を投げ
かける天使。この天使のためなら、きっとなんでもできる…そんな想いを抱かせる。
パチパチ。オリヴィエの拍手の音。
「まったく……。やっぱ、陛下にはかなわないみたいだねぇ……。」
「それが陛下ですもの。」
そう、誰もがこの天使にかなわない。だからこそ、大切で愛しい。
「じゃ、お茶会に切り替えよう。ロザリア、陛下の分のって……。」
運んできたトレーにはもう一つカップがある。
「しっかりしてるね、まったく……。」
オリヴィエの言葉にクスクスと少女の面影を残した二人は笑う。
「だって。ロザリアだから。ね、ロザリア。」
「伊達に補佐官じゃありませんから。」
もしかしなくても、最強のこの二人にかなうはずもない。
「それに、甘いものって、疲れをとるのにいいのよ。ジュリアス、私のせいで、ずいぶん心労あるみたいだし。だから…ね。」
「そんなことは……。でも…ありがたくいただきます。」
アンジェリークの優しい心がそのままその優しい味に映し出されたような感じが嬉しい。それはほかの誰でもなく、アンジェ
リークだからだ。心ごと癒されてゆく。
「じゃ、改めて、お茶会だ。陛下、どうぞ。」
アンジェリークに椅子を勧め、もう一度お茶を入れ替える。ダージリンの香りと甘い香りに包まれ、この日の曜日の午後は
穏やかに過ぎてゆく。満たされた心とともに……。
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