そして、時間は過ぎる。女王試験は無事に終了し、新しい女王のもとで、宇宙はそれまで以上に発展をしようと
していた。そんな中……。
「ジュリアス様…この書類に目を通してくださいませ。」
そういって、今は女王アンジェリークの補佐官となったロザリアが書類をジュリアスに差し出すが、ジュリアスは
受け取らない。
「ジュリアス様?」
「あ、すまない。ロザリア。」
はっと気づいたかのように、慌ててジュリアスは書類を受け取って、目を通す。ここのところずっとこう。どこか
気落ちして、気もそぞろ…という感じなのである。
(まぁ、原因はあれなんでしょうけれど……)
思い当たることはあるのだが、この人は素直にそれを認めようとしないから始末が悪い。とりあえず、ロザリアは
一番頼りになりそうな人物にアドバイスを求めに行くことにした。
「…で、私なわけ?」
「ですが…オリヴィエ様しかご相談できないじゃないですか……。」
「あの時のことでねぇ……。」
あの時…とは、女王試験が終わって、アンジェリークが女王になってまもなくのこと。聖地に現れた小さな少女が
起こしたちょっとした騒動だ。結局、その少女の正体は、アンジェリークが本当に自分が女王でいいのかという不安
な心が生み出した、言わば心の影が実体化したもので、守護聖やロザリアが彼女を思う気持ちを確認すると、アン
ジェリークの心の中に
帰っていった。
「ルヴァは相変わらずだけどね。陛下が幸せなら、それでいいって。ああいう愛し方はルヴァにしかできないよね。」
「ルヴァ様らしいですわ……。」
小さなアンジェリークのあるべき場所に気づき、元の心に返したのは他でもないルヴァ。彼が何を言ったのかは
当人にしか分からないけれど…アンジェリークはいい表情をしていたから。きっと…その素朴な優しさで彼女の心を
包み込んだのだろう。
「で、問題はジュリアスなんだね……。」
「はい……。」
あの一件以来、今度はジュリアスの様子がおかしいとオスカーからも相談を受けていたロザリアである。どこか
ぼーっとしているとか、溜め息を吐く数がやたら多いとか。
「とにかく。守護聖の長たる方ですから。あの方が落ち込むと、他の方の士気にも影響いたしますの。」
「うーん。おとなしくしてくれたほうが私としては都合がいいんだけど…うるさくないジュリアスはジュリアスじゃない
しね。」
ぺロッと舌を出して、悪戯っぽくオリヴィエは笑う。この人も他人には無関心を装うくせに、結構面倒見がいい。
ゆえにロザリアは結構オリヴィエには一目置いていたりする。
「お願いします。クラヴィス様やルヴァ様には相談できませんし、年少の方にはとても……。」
「オスカーはなまじ、ジュリアスに近いところにいるし、リュミエールはしゃれになんないこと言い出すもんね。」
「ええ……。火に油を注ぎたくはありませんから……。」
あの騒動の時のリュミエールの言葉が今でも心に残るのである。奇麗で穏和なリュミエール。けれど、その言葉
には時々相手に止めをささんばかりのものがある。穏やかな分、始末が悪い。
「消去法で私なわけだ。」
「でも、オリヴィエ様は結構冷静に皆様を見ておられると思いますもの。もし、陛下が私の立場でもそうなされると
思いますわ。」
「買ってくれてて嬉しいよ。陛下もなんて言葉も出されると特に。」
なんだかんだと女王候補の時から可愛がっていたのだから。
「でも…さ。あの件にしてもそうなんだけど。陛下のはどうなの? 私たちで動いても、結局あの御仁は動かないよ。
陛下に言ってもらうのが一番だと思うけど。」
「けど…陛下はあの時のあの小さな自分のことが何をされたのかご存じないんですもの……。」
「そりゃ…始末が悪い……。言えば、また落ち込んじゃうかも……。」
「でしょう?」
うーんとしばらく考え込むオリヴィエ。
「わかった。私が陛下に申し上げてみる。」
「オリヴィエ様?」
キョトンとするロザリアにオリヴィエは軽くウインクする。
「ま、任せといて。」
そう言うと、オリヴィエは極上の笑顔を浮かべる。多少の不安はあるが、オリヴィエに任せようと思うロザリア
なのであった。
女王陛下への謁見は守護聖であっても、なかなか出来るものではないはずだった。少なくとも、前女王までの
時代まででは。だが、現在の女王アンジェリークはそんな前例を踏まえるような人物ではなかった。
確かに宇宙を
支える無二の存在であるけれど、彼らと接することで得るものは多いと、なるべく謁見の機会を作るようにしている
のだ。もっとも、今回の場合、ロザリアが特別に計らってのことではあるけれど。
「ハーイ。ご機嫌いかが、女王陛下。」
「元気よ。あなたも相変わらずね。」
ジュリアスあたりが聞けば、眉間にしわを寄せかねないこの挨拶に、にっこりと笑顔で答えてしまえるのが彼女の
魅力だとつくづくオリヴィエは思ってしまう。
「で、今日の用件は何?」
「うん。とっても大事な話なわけ。で、悪いけど、人払い頼める? ロザリア、あんたも外しててくれる。」
「畏まりました。では、陛下。御用があれば申しつけてくださいね。」 そう言って、その場を離れるロザリア。
「人払いって…どうして? ロザリアがいちゃいけないの?」
キョトンとするアンジェリークにオリヴィエは極上の笑顔を返す。
「ちょっと…まじめな話だから。安心してよ。私はオスカーじゃないんだからさ、手出したりしないから。」
「それもそうですね。」
傍から聞けば、とても女王と守護聖の会話とも思えない。ちなみに、オスカーがこの時、くしゃみをしたかどうかは
神のみぞ知ることである。
「それで、大事なお話って?」
「うん……。」
だが、どんなふうに切り出そうか少し思案するオリヴィエである。言葉を選ばないと、彼女を落ち込ませてしまう。
だが、そんなオリヴィエの思惑とは裏腹に彼女の口から簡単に言葉が飛び出す。
「もしかしたら、ジュリアスのこと?」
「陛下…気づいて……?」
戸惑うオリヴィエにアンジェリークは複雑そうな顔をする。
「だって…私の顔を見るたびに複雑そうな顔をするのよ。勿論、彼のことだから一瞬だけど。でも…わかるの。私が
原因なんだってことは。でも…彼には彼のプライドがあるし……。私、どうしようかと思ってたの……。」
「陛下……。」
「話を聞かせてくれる? 大丈夫。だって…みんな私を思ってくれているのわかっているから、落ち込んだりしない。」
にっこりと素直な笑顔。オリヴィエが…いや、ほかの守護聖やロザリアも一番好きな表情。天使には笑顔が一番
似合うのだ。天使の笑顔に逆らえるはずもない。
「わかったよ。あんたにそんな顔されちゃ…ね。」
「うふふ。だから、オリヴィエ、好きなの。」
「まったく……。陛下、この間のこと、覚えてるよね。小さな陛下の分身のこと……。」
聖地に現れた幼い少女。女王アンジェリークの心の影とも言うべき存在。幼い無邪気な少女の姿なのは、彼女が
一番素直に自分を取り巻く世界に接していた時期だからだろうと、クラヴィスが指摘した。
「ええ。あの子が教えてくれました。私は私が思う以上にみんなが私を思ってくれているって……。」
「実は…あの子が原因なんだ。」
「え……。何か、粗相をしたんですか?」
心の影とは言え、本来は自分自身の心なのだ。アンジェリークの顔が蒼白になる。
「そうじゃないけど、ジュリアスのこと、怖がってたみたいだよ。ま、ジュリアスって、万年、眉間に皺寄ってる人だし。
まして、あの子は子供だもん。怖がるなって方が無理だよ……。」
ここまで言って、一応言葉を濁しておくオリヴィエである。本当のことを半分だけは言った。あと半分は言わない方が
ジュリアスのためでも、アンジェリークのためでもある。
「私…あのこの行動の記憶までは受け取らなかったから……。」
これだけでもかなり落ち込んでしまっているらしい。だが、すぐに顔を上げて、一つ溜め息を吐く。
「私…最初、ジュリアスのこと、すごく怖かったの。自分にも他人にも厳しい人だから。ゼフェルが反発するのって、内心
すごくわかる気がしてたの。」
「ま、当然の反応だね。」
「でも…でもね。わかったの。あの人の厳しさは相手を思っての厳しさだって。だって…表面だけの厳しさなら、あんなに
やかましくって言ったら失礼だけど、言わないもの。本当に思ってるから、あそこまで言えるんだって……。それって、優
しさなんじゃないかなって、私、思うの……。」
「そっか……。」
アンジェリークの言葉にオリヴィエは苦笑を漏らす。ジュリアスの厳しさに辟易している一人として。だが、ちゃんとその
意味をアンジェリークは理解している。
「じゃ…ジュリアスに伝えなきゃね。」
「でも…どうやって?」
「そりゃ、勿論。陛下の言葉でだよ。」
いとも簡単に言ってのけるオリヴィエ。実際、ジュリアスに自分たちが言葉で言っても認めようとしないだろう。この目の
前の天使から、お言葉を賜るほうがずっと確実な方法なのだから。
「そんなに固く考えなくてもいいよ。茶飲み話するみたいに…さ。」
「茶飲み話……。あ……。」
パッとアンジェリークの顔が輝く。
「何かいいこと思いついた?」
「ええ。ありがとう、オリヴィエ。あのね……。」
ロザリアが人払いしているので、ここには二人だけなのだが、それでも声を潜めてアンジェリークは話し出す。アンジェ
リークの提案にオリヴィエも大きく頷く。
「いいね、それ。私も協力するよ。」
「ありがとう。オリヴィエ。」
強力な協力者を得て、アンジェリークは満足げに微笑むのであった
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