いつか、お茶を
それはまだ女王試験が行なわれていた頃……。
よく晴れた日の曜日。光の守護聖であるジュリアスは女王候補達のために用意された特別寮を訪れた。
「あら、ジュリアス様。おはようございます。」
目的の人物の部屋のドアの呼び鈴を鳴らそうとすると、ちょうど、隣の部屋からロザリアが現れる。
「あら…アンジェリークとお約束ですか?」
「い…いや……。近くを通ったのでな……。たまには女王試験のことを離れて話してみるのもいいと思った
だけだ。」
どこかぎこちなさを感じるジュリアスの態度に、ロザリアは小首を傾げる。
「そういうそなたは?」
どうやら出掛けようとしているらしいことはわかる。ロザリアは軽く微笑を浮かべる。
「私はランディ様とお約束がありますの。」
「そうか……。ならば、良き休日を過ごすがいい。」
「ありがとうございます。あ、それで、ジュリアス様。あの子…いえ、アンジェリークは今は部屋にいないん
です。」
ロザリアの言葉にジュリアスは少し表情を固くする。その様子に、ロザリアは慌てて首を振る。
「あの子なら、キッチンにいるはずですわ。お菓子を作るって言ってましたから……。私、呼んでまいりま
すわ。」
そういって、キッチンに向かおうとするロザリア。だが、その必要は三十秒後になくなってしまった。
「ロザリア、おはよう!」
フリルのエプロン姿でお菓子の入っていると思しきかごを持って、アンジェリークが駆けてくる。
「ふふ。結構うまくできたと思うんだけど。あのね、オリヴィエ様が上等のブランデーをくださったの。それも
使ってみたの。」
甘い香りが籠から漂ってくる。篭の中には焼き立てのクッキーとフルーツケーキ。フルーツケーキからは
ブランデーの香りもする。
「これに関しては…あんたの腕は確かだと思うけど……。」
「思うけど…何?」
キョトンとするアンジェリークにロザリアは大きく溜め息を吐く。
「ジュリアス様の存在に気づいてないの……?」
「え…あー! ごめんなさい!」」
どうも、うまく焼けたお菓子をロザリアに見せたいのに夢中でジュリアスの存在が視界に入っていなかった
らしい。
「あ…ジュリアス様……。おはようございます……。」
半分顔を引き釣らせている。どうも、条件反射でこの少女が自分を恐れているのに複雑なジュリアスである。
「朝から元気がいいようだが……。」
「は…はい……。」
「そなたは女王候補なのだ。もう少し、慎ましくあるべきではないか。朝から、そのようなことで騒ぐことではない
だろう。」
「すみません……。」
俯いてしまったアンジェリークにジュリアスの胸が痛む。こんなことを言いたいわけではない。ただ、はしゃいで
いるアンジェリークを見て、心が騒いだ自分自身を戒めるのに必死で、言葉を選べなくて。
「お言葉ですが、ジュリアス様。今日は日の曜日ですし、少しくらい羽目を外しても構わないのではないでしょうか。
私はともかく、この子には普段は大変な日常です。好きなことをさせてあげて、普段の緊張を解くのも試験の一環
でしょう?」
「ロザリア……。」
自分をかばってくれるロザリアにアンジェリークは顔を上げる。なんだかんだと言っても、アンジェリークを放って
おけないロザリアなのである。ジュリアスはどう対処していいのか、持て余している。複雑な空気がこの場に流れる。
「あの…ジュリアス様。お一ついかがですか?」
意を決したように、アンジェリークはかごを差し出す。
「ここで…か?」
立ち食いと言うのは行儀が悪い気がする。けれど、さしだされたものを拒むことになる。それだけは避けたかった
。この少女からなら、なおさら。一つ、手に取り、口に運ぶ。
「優しい甘さだ……。そなたの人柄が出ているようだな……。」
「あ…ありがとうございます。」
パァッと顔を輝かせる少女にジュリアスも心がどこか軽くなる気がする。優しい空気が彼らを包み込んでくる。
「おはようございます! ジュリアス様。」
そんな空気を更に彩る華のように、風の守護聖ランディが現れる。「おはようございます、ランディ様。」
「良かった。君が出てくる前に間に合って。」
にっこりと明るい笑顔。ロザリアも釣られて、笑みをこぼす。
「おはようございます、ランディ様。」
「おはよう、アンジェリーク。君はジュリアス様とおでかけかい?」「えっ…と……。」
どう答えたらいいか、答えに詰まるアンジェリーク。そういえば、どうしてジュリアスがここに来ているかなんて
考えてなかった。その点で、彼女はどこか抜けていると思うロザリアである。
「あの、よろしければ、私の部屋でお茶にしません? ばあやがおいしいお茶を入れてくれますわ。アンジェリークが
ちょうどお菓子を焼き上げたところですし。それから、どこに行くか考えましょう。アンジェ、それともそのお菓子、誰か
に差し上げる約束でも?」
ロザリアの言葉にアンジェリークは首を振る。
「ううん。これから、どなたのところに持っていこうか考えてたの。ロザリアにも食べてもらいたかったけど。」
「なら、あんたはいいわね。ランディ様と、ジュリアス様は?」
「俺は構わないよ。アンジェのお菓子にご相伴に与かれるなんて名誉だし。おいしいって、この間マルセルが言って
たから。」
あっけらかんと答えるランディ。これが彼の彼たる所以だろう。
「そうだな……。私も受けることにしよう……。」
その言葉に胸をなで下ろすロザリアである。
「ありがとう、ロザリア……。」
「別にあんたのためじゃないわ……。」
そういいながら、本当はアンジェリークを放っておけないのも彼女の性格なのだ。
「じゃ、とりあえず、私の部屋に行きましょう。」
その言葉にしたがって、ロザリアの部屋に入る。その日の午前中は、クラッシックのレコードの曲を聞きながらの、
小さなお茶会になってしまった。おいしいお茶とお菓子。そして、楽しい会話。穏やかな時間は緩やかに過ぎていった
……。
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