「聖地にそのような幼子が……。しかも、この聖殿にまで……。先程、ランディとマルセルからも同じような報告を
受けたのだが……」

「じゃあ、私たちだけではないのですね……」 
 三人の報告を受けたジュリアスはこの聖地に起こったことを不思議に思う。新しい女王、アンジェリークを迎えた
宇宙は力に満ち、安定している。それなのに…と思い。

「陛下には報告は……?」
「いえ、まだですが……」
 ロザリアは首を振る。できれば、事を穏便に済ませたい。それはジュリアスも同様である。
「では…我々で事を進めよう。陛下にはあとで報告する。とにかく、他にその少女を見た者がいないかどうか調べる
必要がある。オスカー、他の守護聖を呼ぶように」

「はい!」
 そう言って、オスカーが扉を開けると、
「うわっっ!」
と、慌てたような声。
「ゼフェル……」
「人が入ろうとしてんのに、いきなり扉を開けんなよ!」
「わかるわけないだろ、ノックの一つ位しろ」
 プイと顔を背けるゼフェル。
「ゼフェル。ちょうど良かった。そなたも呼ぶつもりだったからな」
「知ってる。あの子供のことだろ?」
「そうか…そなたも見たのか……?」
「そうだよ、見たさ。マルセルたちも見たって言うから、あんたのところに来たら、何かわかるかと思ってきたんだ」
 そう言って、ゼフェルはふと、廊下を見る。
「なぁ、オスカー、俺が見たのはあんな感じのガキだったけど…おまえもか……」
「はぁ?」
 言われるままにゼフェルが指さすほうを見ると……。
「ああ、あの子だ……」
 思わず納得しているオスカーである。廊下をてくてくと走っている少女の姿が見えたのだ。
「何をしている。早く、捕まえろ!」
 ジュリアスの言葉にオスカーは慌てて、少女の所に駆け寄る。
「よう、お嬢ちゃん」
「あ…さっきのお兄ちゃん 」
 自分の進行方向に立ち塞がるように立たれても、にっこりと笑顔を向ける少女。軽くオスカーの良心が痛む。
「悪いが、お嬢ちゃん、一緒に来てくれ」
 ひょいと抱き上げられ、少女はきょとんとする。
「やー、下ろして、下ろして!」
 バタバタと暴れる少女をものともせずにオスカーはジュリアスの執務室に戻った。
「これが例の子供か……」
「はい……」
「これと言って、不思議なところがあるとも思えんが……」
 椅子に座らせて、少女を見下ろすジュリアス。少女は不満気な様子。
「そなたは何者だ? どうして、この聖地にやってきた? 正直に答えれば、悪いようにはしない」
「……」
 俯いて、何も答えない少女。
「どうした、答えられないのか?」
 態度とともに威圧感のあるジュリアスの言葉。
「いや! このおじさん、恐い!」
 そう言い放つと、顔を背ける少女にこの場の空気は凍る。確かに威圧感のある態度で迫られれば、このような
小さな少女でなくとも恐いと思うだろう。

「お…おじさん……」
「だって…偉そうで、恐いんだもん!」
 硬直したジュリアス。真っ先に元に戻ったのはゼフェルであった。
「おめー、勇気あるなぁ……。気に入ったぜ!」
 そう言って笑い出したゼフェルの声で周囲の空気は一気に戻った。
「こら、ゼフェル、笑い過ぎだ。失礼だぞ!」
 そう言って、ゼフェルを押さえるオスカー。
「こ…この子供は……」
 大人げなく肩を震わせるジュリアス。
「落ち着いてください、ジュリアス様。いくら本当のことを言われたからといって…大人げない……」
 はっきり言って、この人の言葉も言葉である。火に油を注いでいるといっても過言ではない。
「オスカー様……。リュミエール様って、フォローする気があるのでしょうか……」
「さぁ……。本人はそのつもりらしいが……」
 もしかしたら、リュミエールを敵に回すのは恐いかも知れないと思うロザリアであった。
「あれ…あいつは……?」
 気がつくと、いつしか少女の姿は消えていた。
「ま…こんだけ大人が騒いでりゃ、逃げたくもなるな……」
 うんうんと一人頷くゼフェル。ジュリアスはいまだにかたまりから戻れなさそうになかったし、フォローにならない
フォローをするリュミエールを止めるのにオスカーとロザリアは懸命だ。少女でなくても、逃げるだろう。ということ
で、この場を後にしたゼフェルであった。



 少女は廊下を慌てて走ってゆく。廊下の端に何かが見えたと思った途端、ドン! 何かにぶつかる。
「いたーい……」
「……」
 ぶつかった何かを見上げると、こちらを見つめる瞳と目が合った。
闇の守護聖、クラヴィスである。
「廊下は…走るな……」
「でも…恐くて偉そうなおじさんにに追われてるの」
 ジュリアスが聞いたら、怒りそうな言葉を平然と少女は言う。
「私は…恐くないのか?」
「んー、あんまり顔が見えないもの」
「なるほど……」
 長身のクラヴィスを見上げる少女は小さい。まして、長い髪は表情をある程度隠してしまう。
「来るがいい……」
 くるりと踵を返したクラヴィスをきょとんと少女は見上げる。
「追われているのだろう……?」
 その言葉に少女の顔は輝く。
「うん!」
 そのままクラヴィスは執務室に向かうと、少女もそれに着いて行く。
「ありがとう、隠してくれて……」
 クラヴィスに向かいあううように机に腰掛ける少女にクラヴィスは苦笑を漏らす。
「おまえが言うおじさんはたぶん私と相容れぬものだからな……」
 この言いようも言いようである。少女は興味深そうにクラヴィスを見ている。その視線にクラヴィスは微かに怪訝
そうな顔をする。

「おまえは…私を恐れぬのか……? 私は闇そのものだぞ……」
「どうして……。すごく深い綺麗な目……。恐くないよ……」
 まっすぐに見つめてくるエメラルドグリーンの瞳。
「だが…疲れてはいるな……」
「え……」
「おまえではない…もう一つの心が……」
 机の上に置いてある水晶球が微かに光る。神秘の力を秘めたそれに少女は魅かれるように見つめている。
「おまえは……」
 クラヴィスが何かを言おうとした瞬間、コンコンとノックの音。
「ハーイ、クラヴィス」
 入ってきたのはオリヴィエ。相変わらず色彩に溢れた格好をしている。この部屋ではかなり浮いている。
「何の用だ、オリヴィエ……」
「ジュリアスが大騒ぎしてるんだよ。子供がって……。この子のことだね?」
 遠慮なくまじまじと自分を見つめるオリヴィエに少女は笑いかける。
「お兄ちゃん、綺麗ね 」
「いいね、正直な子は」
 少女の頭を優しく撫でてやるオリヴィエ。
「ね、クラヴィス。あんたは薄々気づいてるんじゃないかと思うんだけど、この子のこと……」
「何の話だ……?」
 探るようなオリヴィエにクラヴィスは表情一つ動かすこともない。
「ロザリアはこの子が陛下に似てるって言ってた。たぶん、私の推測とあんたが水晶球で写し出した光景は同じ
はずだけど」

「その根拠は……?」
「心が満たされてないといい夢が見られない。疲れた心では特にね……。心の深層だからね。闇に通じる部分も
あると思うけど」

「なるほど……」
 微かに喉の奥で笑うクラヴィス。少女は二人をじっと見つめている。
「何のお話?」
 あどけなく首を傾げる少女の頭を楽しそうにオリヴィエはかき回す。
「ああ、もう、可愛いね、この子は!」
 じっと、少女の瞳を見つめるオリヴィエ。
「でも…あんたが本当に行かなきゃならない場所はここじゃないと私は思うよ。疲れてるのなら、少し休んでいくと
いいよ」

「ここは私の部屋なのだが……」
「安らぎを与えるのはあんたのお役目でしょうが」
 そう言って、オリヴィエは少女を抱き上げると、その頭を撫でながら、静かに歌い出す。優しい音色の子守歌。
「ん……」
 オリヴィエの歌う子守歌にか、この空間に満たされた静けさにか、少女はいつしか眠りに落ちていった。
「さて、連れていこうか……。クラヴィス、つきあってくれるよね」
 当然そうに言うオリヴィエにクラヴィスは苦笑する。
「手間のかかる娘だ……」
「でも、そういうとこが可愛いんだよね」
 オリヴィエの言葉に答えないまま、クラヴィスは立ち上がる。二人は連れ立って、部屋を後にする。滅多に見ら
れぬこの二人連れはある場所へと少女を連れていくのであった。


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