ガシャン!! テーブルの上のグラスや皿が床にぶちまけられる。セイランの動作が余りにも速かったため、周囲には
男が酔っ払って、テーブルを倒したようにしか見えなかった。
「何をやってるんだ……」
「跡取があれでは、ここの主の未来も暗いな……」
 遠目で見ながら、こそこそと話し合ってる客人たちの様子から、余りいい目で見られていないことがわかった。
「まったく無粋だね」
「本当」
 自分達が事の発端でありながら、他人事のようにアンジェリークとセイランは男の無様な様を冷ややかに見ている。
「畜生!!」
 テーブルの上の食べ物や飲み物でぼろぼろに汚れた男がそれでも何とか立ち上がり、アンジェリークの腕を掴んで
来た。
「何するのよ!」
 それは鮮やかなほどの反応だった。ハイヒールで男のすねを思い切り蹴り上げたのだから。
「お見事……」
 思わず、セイランが拍手する。周りがざわめく中、アンジェリークは気にすることなく男に追い討ちをかけるかのように、
ヒールのかかとでその背中を蹴り上げた。
「何の騒ぎだ……!」
 警備のものと屋敷の主と思しき初老の男が走り寄ってくる。
「お、親父、こいつらがいきなり暴力を……」
「よく言うわよ。セクハラまがいの事をしようとしたのはそっちでしょうが」
 そう言って、アンジェリークは男をにらみつける。セイランはアンジェリークを庇うように前に出た。
「招待客にこんな風にしか振舞えないような身内がいるとは聞いてなかったな」
「せ、セイラン殿?」
 男性はセイランの言葉に慌て始める。
「そちらが是非にと招待しておいて、こんな醜態を見せ付けるんだからね。僕の芸術に反するよ。彼女は僕の知人だけど。
不快な思いをさせられたしね」
「そ、それは申し訳ありません……」
 芸術家セイランを招いてのパーティである。稀代の芸術家と懇意である事は社交界での評価を上昇させる。だからこそ、
色々なコネを使って、彼を招いたのだ。セイランの機嫌を損ねるのは非常にまずい。
「謝るのなら、彼女だね。偶然、このパーティで会ってね。昔語りをしようとしたら、これだ」
「も、申し訳ありません」
 まるでこめつきバッタのように謝るその姿はある意味、同情を誘う。
「なら、そこの男をさっさと僕たちの前から排除する事だね」
 そう言って、冷ややかな視線を向けると、警備の男が丁重に男を運んでいった。
「行こう、アンジェ」
「ちょ、ちょっと、セイラン……」
 バルコニーにと連れて行かれる。回りのざわめきなど気にはしていないようだ。まぁ、気にする性格でないのは昔の付き
合いで知ってはいたが。
「あの人、どうなったかしら……」
「不快にさせられた男の心配? 君の思考回路は相変わらず面白いね」
「あのね。不快ではあったけど、まぁ、こちらも手は出したしね」
「ああ、君らしかったね」
 クスクスとセイランが笑う。それはどこか複雑な思いをアンジェリークに感じさせた。
「でも、君が変わってなくて安心したよ。今はどうしてるの?」
「今は……」
 言葉に詰まる。今の自分のことを知れば、彼はどんな目で見るのだろう。昔の知人と会うと、これだから厄介だ。
「チャーリーと会ったときに君との話が出てね。彼はお茶を濁していたみたいだったから。君に会えた時に聞こうと思ってた
んだ」
「私は……」
 チャーリーに気遣いに感謝すべきだろうとつくづくアンジェリークは思った。
「もし、君が……」
 だが、セイランが言いかけた言葉はアンジェリークの耳に最後まで届かなかった。
「こんなところにいたのか?」
「アリオス?」
 不意に現れたアリオスにアンジェリークは身を竦める。この状況をどう説明しろというのか。
「何、知り合い?」
「……」
  なんと説明するべきか、言葉に詰まる。そんなアンジェリークにアリオスはつかつかと近づき、腕の中に引き寄せた。


今、読み返すと。アンジェリークって怖いわ……
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