「で、どうしてこんなところに連れてきたのよ?」
 周囲に視線とは裏腹にどう見たって自分が分不相応だと考えているアンジェリークはその答えを持つはずのアリオスに
強い口調で尋ねる。
「まぁ、ちょっと仕事の関係でな」
「ふぅん……」
 そういえば、アリオスの仕事に関しては本当に知らない。オリヴィエが聞きたいなら教えてくれると言ってくれたけれど、
聞きたくなったら自分で聞くと答えたのだ。
(…一応、ここはお金持ちそうだけど。ろくな事してなさそうよね……)
 偏見ではあるが、屋敷自体が成金趣味であり、来客は一癖も二癖もありそうなものばかりなのだ。偏見を持つなという
ほうが無理だ。
(仕事がらみってことはアリオスはろくな事をしてないってことかしら……。まぁ、お金持ってるしね……)
 思わず、納得してしまう。アリオスがすぐに動かせる金を持っていたことから、二人の関係は始まったのだから。
 実際、パーティは退屈なものだ。知らない人と話す気にはなれないし、踊る気にも慣れやしない。食べ物だって、おなかが
膨れてしまえば、入らない。
(女がいないと失礼だからってのはわかるけど、ほったらかしにされるのもねぇ……)
 素敵な男性にエスコートされて、パーティに出るのは女の子としては憧れるものだ。だが、興味がないパーティで、一人
きりで放置されるのなら、家にいた方がましだ。
「踊りませんか?」
 少しばかり、酒に酔ったらしい若い男が声をかけてくる。実際、何人かの男たちが視線を投げかけてはいたのだが、アンジェ
リークは気づいてなかった。
「いえ、踊れないので……」
 一応は社交辞令に笑顔で答える。だが、男は強引にアンジェリークの腕を掴んできた。
「踊れないのなら、リードしてあげますよ」
「ちょ……」
 バランスを崩し、男の胸に引っ張られそうになるのを何とかこらえる。
「私、断りました!」
 パシッとその手を払って男をにらみ上げる。
「私を誰だと思ってるんですか? この屋敷の次期当主ですよ? 仲良くしてれば、悪い事はないのだし。パートナーもいない
んだから、楽しんだらどうですか?」
 いかにもドラ息子なその性格にアンジェリークは鼻で笑ってしまう。だが、ここで騒ぎを起こしたら、アリオスに何らかの不利に
なるかもしれない。ふと、そんな事を考えてしまう。
「……」
「パートナーの方も今頃、別の相手と楽しんですはずですよ。踊れないのなら、私の部屋で色々と遊びませんか?」
 値踏みするような視線を向けられ、アンジェリークは自分のリミッターが切れたことを確認した。親の力を自分の力と勘違い
する者ほど、厄介な者はない。
「離し……」
「辞めたら、どうなんだい?」
 ひっぱたこうと、上にあげた手が宙に留まってしまう。
「相手は嫌がってるんだし。見ていて、あんまりいい光景じゃない、ね」
 女性と見まがうばかりの男の手を止める。
「だ、誰だ。貴様は」
 その言葉に青年は形のいいまゆを顰める。
「そちらが無理やり招待しておいて。これだからね。だから、常識のない人間には僕の作品を売りたくないんだ」
「何?」
 男が青年の言葉に戸惑っている隙にアンジェリークは男の手を振り払ってしまった。
「ありがとう。セイラン」
 まずは目の前の相手にお礼を言う。助けてもらったのだから、常識であるし、見知った相手でもあったから。
「いえ、どういたしまして。こんなところで会うなんて、偶然だね」
「そうね。珍しいわね。こういう場所、嫌いじゃなかったの?」
「ここの主にどうしてもって言われて、ほとんど拉致されるね。僕を招待する事で、自分の芸術面の造詣の深さをアピールした
かったらしいけど。身内がこんなのだから、本人の程度も知れてるよ」
 男を無視して、すっかり会話が盛り上がる。セイランは世間では天才芸術家と称され、詩、絵画、音楽というあらゆる芸術の
分野で活躍する人物だった。そして、彼の手がける作品以上にもてはやされるのは、整った彼の顔立ちであった。だが、その
芸術的な彼の外見とは裏腹に出てくる言葉はナイフよりも鋭く、薔薇の刺よりも細くて、痛い。
「そっか、本業はそうだったものね」
 クスクス…と、アンジェリークは笑う。
「君こそ。こんなところでバイト? …じゃないね。そんな風に着飾っていても、相変わらずの君のままだ」
「ほめ言葉として、受け止めておくわ」
 無遠慮に見つめてくるセイランの瞳をまっすぐ受け止める。そんなところも、アンジェリークらしさの一つだ。納得したように
セイランも頷いている。
「き、貴様ら……」
 哀れにも無視される形になった男が憮然とした態度で二人に詰め寄ってくる。セイランはその男に軽く足払いをかけると、よろ
めいた男はテーブルに倒れこんでしまった。
 ガシャン!! テーブルの上のグラスや皿が床にぶちまけられる。セイランの動作が余りにも速かったため、周囲には男が
酔っ払って、テーブルを倒したようにしか見えなかった。


裏日記からの再録部分です。セイランはいいねぇ、書きやすい……。

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