キュルル……。不意にお腹が鳴る。誰にも聞かれていないとは言え、アンジェリークは真っ赤になる。
「お腹すいた……」
決める事を決めると、自分が空腹であった事を思い出したのか身体は空腹を訴えてくる。よく考えたら、ここに来てからコーヒー
以外のものを口にしていなかったのだ。1日以上何も食べていなかったわけだから、若い身体はエネルギーを要求してくる。
(決めることは決めたし、まずは腹ごしらえからよね〜)
意気揚揚とキッチンに乗り込んでゆく。キッチンは思っていた以上に綺麗である。
(男の人にしては珍しいかも……)
思わず関心。アンジェリークの予想としては、流しに食器をつけっぱなし出会ったから。だが、それは思い過ごしであること、
いや、流しに食器をつけっぱなしであることに気づくのは早かった。
「何、これ……?」
冷蔵庫を開けての第一声。中には酒とチーズやサラミ等の酒の肴系のものばかり。料理を作れる材料は皆無に等しい。
(まさか……)
キッチンの鍋やフライパン等はほこりをかぶっているものもあり、どう見ても最近に使われたものは皆無に等しい。
「あの人、どういう生活をしているのよ。使わなきゃ、意味ないじゃない……」
一人暮らしの男性の部屋とはアンジェリークにとって理解できない代物である。レイチェルと暮らしていた頃は当然自炊であった。
その方が安くつくからだ。作るのが面倒だとは言え、これではあんまりである。
(ご飯代くらい、置いていきなさいよ……)
思わず、心の中で毒づく。そうでなければ、割り切れない。けれど、お腹がすいているのも事実。冷蔵庫の中にあるチーズとナッツ
類とクラッカーをいくつか食べる。
(野菜がない〜)
どんなに生活が苦しくても、食べることは人間の基本だと思っているから、ちゃんと栄養のバランスを考えて食事を作っていた。
だが、アリオスにはその概念はないようだ。
(身請けされるって、こんなのなの……?)
身体を売ると決めた以上、どんな事でも耐えるつもりだった。だが、これは何かが違うような気がする。あまりこの方面の知識が
ないとは自覚しているが、違うものは違うと思うのだ。アンジェリークは深くため息をついた。
当座のものでとりあえず腹を膨らませると、スーツケースを持って、アンジェリークは部屋を出る。鍵はアリオスがおいていって
くれたので、ちゃんとかけて。数日前の記憶を頼りにオリヴィエの店に向かった。
「おや、いらっしゃい〜。アンジェリークだったよね?」
「こんにちは。オリヴィエさん」
店に行くと、オリヴィエは笑顔で迎えてくれる。そして、アンジェリークをまじまじと見つめる。
「あの……?」
「ああ、ゴメン。不躾だったね。でも、ね。うん。よく似合ってる。似合ってる人の着てもらうと、デザインした私も嬉しいんだよね」
満足げな笑顔のオリヴィエに複雑なものを感じる。持ってるものの中で一番おとなしめのものを選んだのだ。そして、今から、その
彼の自信作を否定する行動にでようとするのだから。
「で、どうしたの? スーツケース持ってるってことはアリオスに追い出されたのかな?」
「ち、違います!」
「じゃあ、足抜け? ひどい事されたの? いくら身請けされたとは言え、オンナにひどい男は同じ男として許せないしね。アリオスといえど同じだから。うちでよかったら、かくまってあげるけどさ」
「それも違うんです〜」
ぶんぶんと首を振る。
「これ、引き取って欲しいんです〜」
アンジェリークの突然の言葉にオリヴィエは一瞬、言葉を失う。どれも自信作である。自慢ではないが、彼の服は売れ行きもよく、
人気も高い。しかも彼が気に入った客にしかデザインしないということで希少価値もあるし、ある種のステータスでもあるのだ。
「私の服…、気に入らなかった? どこが悪い? はっきり言って!」
「そ、そうじゃないんです。実は……」
また首を思いっきりぶんぶん振って、アンジェリークは事の次第を説明し始めた。
「……それは偉くまた、所帯じみた理由で」
「ごめんなさい……」
シュン、と俯くアンジェリークにオリヴィエは穏やかに微笑む。
「私のデザインが気に入らなかったんじゃなかったから、ホッとはしてるよ。でも、しっかりした子だね。まだ若いのにさ」
そう言いながら、オリヴィエはサプリメントウォーターと野菜入りのクラッカーを出してやる。
「私もアリオスのことは言えない生活だからね。こういうものに時々は頼るんだ。あくまでも、栄養補助だけどね、ないよりはマシで
しょ? 食べなさい」
「あ、お構いなく……」
「遠慮しない! 素材はいい女の子がそんな理由で価値を落とすなんて、私のポリシーが許さないだけだから。それにお腹は
すいてるでしょ?」
「はい……」
「じゃぁ、食べる事」
きっぱりと言い切られ、アンジェリークはそれらを口にし始めた。味気ないものだけれど、オリヴィエの心遣いがとても嬉しかった。
「あんたさ、ずっと家の中にいるの?」
「え?」
突然の問いかけに返事に詰まる。そんなことは何もわからない。アリオスがいない間の時間のすごし方については何も言われて
いないのだから。
「まだ、何も……」
「ま、事情が事情だしね。あまり、変なことはできないだろうけど」
事情を察しているだけあって、深くは言わない。
「あいつがいない間、うちで働く? 事務の方だけどね。書類の整理とか在庫の管理とか」
「私が、ですか?」
確かに簡単な事務のアルバイトもしたことはある。けれど、何故自分にそんなことをいってくるのか。真意が理解できない。
「しっかりしてる子みたいだしね。この服たちは返品は受け付けられないよ。それにアリオスの側にいるなら、持っててもいいもの
ばかりだし」
「それって……?」
「いずれわかること。アリオスには私が話をつけるし。そりゃ、あいつが側にいる間はなかなか離してもらえないとは思うけど。慣れる
までは色々と大変だろうしね」
「///」
含みを持たせたような言葉にアンジェリークは思わず真っ赤になってしまった。
iアンジェじゃないけど、どういう生活いてるんでしょうね、アリオス……。
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