「ん……」
 アンジェリークが目を覚ますと、そこには誰もいなかった。この部屋には時計が置いておらず、時間の経過は分からない。
カーテンを僅かに開けて、外を見ると、日は高く昇っている。時間はかなり経っているようだ。
「アリオスは……?」
 気怠さの残る身体を起こし、キョロキョロと周囲を見回すと、ベッドサイドに一枚のメモが置かれていた。
『仕事で出掛ける。食い物は冷蔵庫の中にある。もし、足りないものがあれば、オリヴィエのところに行け』
 とだけ書かれていた。そのことにアンジェリークは溜め息をつく反面、ホッとしている自分を自覚していた。
(私、どんな顔をして、あの人に会わなきゃいけないんだろう……)
 アリオスの腕の中、彼になされるがままに身も心も狂わされた時間。今、思い出しても、赤面することばかりである。自分は
アリオスに買われた存在であり、そうなることは彼にとって、好都合なのかもしれないが、羞恥心は捨て切れない。それなのに、
嫌が応にも身体は反応していた。その矛盾がアンジェリークを苛まし、アリオスを楽しませている。今、アリオスに会ったとして、
どう対応するべきなのか、分かるはずもない。
(と、とにかく、シャワー浴びよ……)
 バスルームに行くのに、何も身にまとうものがないのは心許無いので、シーツに包まろうとしたが、ふとあることに気付く。
(このシーツ、まっさらだ……)
 変えられていたのはシーツだけでなかった。身体もある程度まで、清められている。シャワーを浴びたとはいえ、あの後の
行為のために、意味のないものになったはずなのに。
(あ…もしかして、あの時……?)
 思い当たることと言えば、意識が朦朧としている中、身体をぬれた布のようなもので優しく身体を拭われていたような気がして
いた。それが心地好くて、されるがままになっていたけれど。
(や、やだ……)
 意識が朦朧としていた時のしどけない姿までアリオスに見られていたことに、再び紅潮する。
「頭、冷やそ……」
 これ以上考えても、思考は堂々巡り。思考をまとめるために、アンジェリークはまだ力の入りにくい足どりでバスルームに
向かった。
 熱いシャワーは気怠さを残す身体を嫌が上にも覚醒させる。細胞の一つひとつが一気に活性化してゆく感じで気持ちいい。
(これって、もしかしなくても、キスマークなのよね……)
 身体中に刻み付けられた赤い刻印は彼の名残とも言える。そのうちの一つに触れると、ゾクリ、とした何かが背中を走った。
(や、やだ……!)
 自分の身体に確実に現れている変化を認めたくなくて、アンジェリークはシャワーの勢いを強くする。痛いくらいの飛沫を
浴びなければ、この身体に残されたアリオスの名残を消せない、そんな気がして。思考が落ち着くまで、熱いシャワーの洗礼を
浴び続けた。
 気がすむまでシャワーを浴びると、バスルームを出て、身体を拭く。
 バスタオルとバスローブはベッドサイドに用意されていたものを使う。シャワーを浴びたため、ある程度すっきりとして、思考が
まとまりつつある。
「着替え、どうしよう……」
 自分が身につけていたものはまだ洗濯していない。服は着た切り雀でも構わないが、下着くらいは変えたい。
(チャーリーさんが持たせてくれてる荷物の中にあるかしら……)
 思い出すのは、チャーリーがアンジェリークに用意していたというスーツケース。元々、チャーリーに買われる予定だった時の
名残の品。もし、あの時に来たのがアリオスでなかったら、今頃はチャーリーの元で…ふと、そんなことを考えてみては、首を振る。
(馬鹿ね。これは自分で決めたことの結果なのよ……)
 自分身体を金に変えることを決めたのは紛れもなく自分自身。今更、振り返っても仕方がない。とりあえずの現実として、着替
えなければならないのだ。
 スーツケースを開けてみると、中には肌触りのいいシルクで作られたドレスやブラウス、スカートなど。もちろん、下着も入って
いたが、どれも最高品のものばかり。
(どうしよう、絶対、これって高いよね……?)
 真っ先に現実的なことを考えてしまう自分がとても悲しいが、中に入っているものはどれも毎日を過ごすだけで精一杯だった
アンジェリークには手に届かぬものばかりで。正直、扱いに困ってしまう
(私の代金って、これにも含まれていたのかしら……?)
 自分の手で、女に仕立てたかったというチャーリーの真意をまったく知らないので、どうしてもそんなことを考えてしまうし、
自分にそれほどの価値があるのかは、自分で判断できないのだ。
(このブラウス一枚で、頑張れって切り詰めれば、一か月は食べられそう……。でも、これ、洗濯機にはかけられないし、手
洗いかクリーニングよね? 維持するのにも時間とお金かかりそう……)
 現実的なことを考えてしまうのはこれまでの生活の名残。いかに切り詰めて暮らしてゆくか考えてきたアンジェリークには、
これらの贅をつくした衣装は身に余るのだ。
「とりあえず、下着はないと困るのよね……」
 まずは手近なところから、考えることにする。今から、自分がつけていた下着を洗うとしても、乾くまで時間がかかる。それまで
バスローブ一枚では心許無い。
(それに、アリオスが帰ってきたら、誤解されそう……)
 一番の現実的な思考である。そういうことを期待していると思われるのも困るし。
「チャーリーさん、使わせていただきます」
 ここにいない相手に一言、声をかけてから、下着を身につける。実際に着てみると、思っていた以上に身体にフィットする。
(こういう仕事って、下着にも気を使わなきゃいけないのね……)
 などと、的はずれな関心もする。スーツケースの中から、比較的おとなしめのブラウスとスカートを選んで着替えた。
(ドレスなんて、必要ないのにね……)
 憧れはするけれど、舞踏会に連れて行ってくれる魔法使いのおばあさんも、踊ってくれる王子様もいない。
(あとで、オリヴィエさんに相談しようかな……)
 この服の数々はオリヴィエの手によるものと聞いた。身に纏う人間がいなければ、服がかわいそうだし、彼にも申し訳がない。
そして、自分の身の丈に合った服を探してもらうことに決めた。


i後朝? でも、相手はいない……。しかし、このアンジェ、妙に貧乏性というか、所帯じみてる……。

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