店を出ると、アリオスはビルの中のエレベーターに乗り込む。慌てて、アンジェリークもそれについてゆく。
「次はどこにいくの?」
荷物を抱えている身としては、あまりたくさんの移動をしてもらいたくないのが、アンジェリークの本音だ。
「別にどこにも行きやしないさ。ここが俺の住まいだからな」
「!」
しれっとした口調で言われた言葉にアンジェリークは身を竦める。
「何、ビクビクしてんだ? 別にとって食うわけじゃねえんだし?」
揶揄するように、唇の端を微かに上げる。それが彼の余裕を意味しているようで悔しい。
「別に……」
顔を背けて、強がるのが精一杯の強がり。だが、それすらも、見透かされている感じがする。大人の余裕といったところか。
「ほら、ついたぜ」
ふと、気付くと、ビルの最上階のランプがついている。
エレベーターのドアが開くと、アリオスが先を促す。唇を軽く噛んで、アンジェリークはエレベーターを出た。
「ここが俺の家だ。荷物はその辺にでも置いてろ」
案内された部屋はかなりの広さだった。これまで、レイチェルとアパート暮らしだったアンジェリークは戸惑うしかない。その
広さだけでなく、部屋の中にはほとんどものが置かれていないため、この部屋の広さを一層感じさせた。
「適当に座ってろ」
そう言われて、数少ない家具の一つであるソファに腰掛けるが、何となく居心地が悪い。しばらく待っていると、コーヒーの
香りが漂ってきた。
「悪いが、コーヒーしかないんでな」
それから、少しして、カップを二つ手にしたアリオスが戻ってきた。
「飲めるだろ」
「ええ」
差し出されるカップを素直に受け取り、口にする。ほろ苦さが口の中に広がる。だが、美味しい。
「美味しい……」
「わかるか?」
「うん」
気がつくと、肩の力が自然と抜けている自分に気づく。彼流の気遣いかも知れないと、一瞬だけ考えたりもするが、すぐに
否定する。
「どうした?」
「何でもないわ」
何でもないと言いつつ、すぐに身構えてしまう。そんな自分が何だか悔しい。戦ってもいないうちから負けを認めているようで。
実際、立場はアリオスの方が上なのだ。アンジェリークを買ったのは、紛れもなく、彼なのだから。
「冷めるぜ?」
「あ、うん……」
コーヒーのことを指されていることに気づき、慌てて、ぬるくなったそれを飲み干す。空になったカップを持て余し、手の中で
何度も動かす。
「もう一杯いるか?」
「ううん、いい」
「なら、片付けるから、貸せ」
「あ、自分でやるわ。キッチンの場所を教えて」
カップに伸ばされた手を避ける。だが、タイミングが悪いのか、カップの持ち方が悪かったのか、カップはアンジェリークの手
から、滑り落ちてしまう。
「あ!」
幸い、アルミのカップだったため、割れはしない。カラーンという金属音が部屋に響くだけ。
「何やってんだよ、おまえは」
軽く肩を竦めて、苦笑しつつ、アリオスはしゃがみこむ。
「あ、私が拾うから……」
アンジェリークも慌てて、カップに手を伸ばす。
「あ……」
互いにカップに伸びた手が重なりあい、反射的に顔を見合わせる。数秒の沈黙。
(この人、格好いいだけじゃなくて、綺麗な顔立ちしてる……)
不意に魅入ってしまう。改めて見ても、外見だけなら、背も高く、整った顔立ちの彼に魅了される女性は多いのだろうとはアン
ジェリークでも創造がつく。
(この人は何のつもりで私を買ったんだろう……)
彼ほどのルックスなら、わざわざチャーリーに無理を通して、自分を手元に置かずとも、女性に困ることはないはずだ。気紛れ
にしても、金額が法外すぎる。自分の価値は一番よく分かっている。チャーリーに身売りを頼んだのも、彼なら、知り合いという
ことで事情を理解し、いい相場で買ってくれると見越したからだ。
「どうした? さっきから、人の顔ばかり見て。見惚れたのか?」
「えっと、綺麗な顔だなって、思ったの……」
「……」
本当のことを言いたくはないから、最初に思ったことを素直に伝える。だが、アリオスは戸惑ってしまった。
「あの、私、おかしなこと言った?」
「おまえ、普通、男に綺麗はないだろう?」
「そうなの? でも、オリヴィエさんは喜んでくれわ」
「あいつは例外だよ、バーカ」
口調とは裏腹にどこか楽しそうな顔。
「おまえ、面白いな、やっぱり。退屈しない」
ククッと笑いながら、言われる言葉に複雑なものを感じてはいるが、追及はしないでおく。どうせ、ろくな返事などないに決まって
いる。
「本当、楽しいな」
スッとアリオスの手がアンジェリークの頬に伸びてくる。
「目、閉じてな」
頬に手を添えられて受ける彼の命令に何故か素直に応じてしまう。唇に感じる微かな吐息はすぐに暖かく、柔らかいものに
変わる。
二度目のキスは微かにほろ苦いコーヒーの味がした……。
やっと、2度めのキスシーン……。長いよなァ……。
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