それは突然のことで、アンジェリークは自分の状況が把握できなかった。間近にある端正な青年の顔。瞳は伏せられている。
大きな手がアンジェリークの頬を包み込んでいる。そして、塞がれている自分の唇。そして、塞いでいるのは……。

「〜〜!」
 ようやく状況を認識し、暴れようとするが、青年の力にかなうはずもなく、されるがままになる。ここは駅前。しかも、正午過ぎの
時刻。多くの人間が行き交いする場所でこんなことをされて、おとなしくしているような少女ではない。必死に足に力を込めて、アリ
オスの足を踏みつける。何度か踏みつけて、ようやく解放される。

「ずいぶんな挨拶だな」
「……それはこっちのセリフ! い、いきなり、何するのよ!」
 ゴシゴシと唇を拭う。真っ赤な顔。さきほどの勝気な瞳とは裏腹に、年頃の少女らしい初々しい反応。まぁ、仕掛けた口づけはこの
年頃の少女が夢見るものよりもはるかに濃厚であったのだが。

「ふん……」
 値踏みするような視線にアンジェリークは身を固くする。
「思った以上に気が強いな。そう言うのもそそるがな」
 唇の端を微かに上げて笑う表情。
「ま、キスにも慣れてねぇってのが、笑えるがな」
「それは…これから……」
 言いかけて、口をつぐむ。見知らぬ他人に身を委ねることを示唆されてのことに気づいて。不安と嫌悪感がないはずがない。
「何にしても、私が自分で決めたことよ。あなたに口出しされる謂れはないわ。 あなたは頼まれたことをしてくれたらいいのよ」
「してやってるじゃねえか」
「?」
「悪いオトコって奴をさ」
「……そうね。ありがとう」
 プイ…と顔を背け、アンジェリークは時計台を見上げる。時計の針が指しているのは、十二時十五分。
「約束の時間は十二時半だから、もうすぐ来るわ。時間には正確な子だもの」
「そうか……」
 あとは一言も口をきこうとしない。そんなところも彼女の勝気さの現れのようで、食…とアリオスは笑う。時間潰しとばかりに、アリ
オスは煙草を加え、火を点ける。紫煙が街の空気の中に穏やかに溶けてゆく。煙草の長さが半分ばかりになってきたところで、時
は動き出した。

「アンジェ〜!」
 褐色の肌に映える金髪の少女が駆け寄ってくる。
「ゴメン、待った?」
「ううん。私が先についたから」
 アリオスに見せたものとは違う、少女らしい表情。心許せる友人にだけ見せることが出きるもの。
「アンジェ、この人は?」
 親友の傍らに立つ見知らぬ男性に首を傾げる。どちらかというと、不審げな瞳。当然であろう。皮ジャンに革のパンツ。鋭い視線を
もつ、危険な雰囲気のオトナの男が親友の傍らにいるのだから。当然、アリオスはそんな視線など、気にしてもいない。

「レイチェル。この人はアリオスっていうの。アリオス、彼女はレイチェル。話したよね? 私の親友兼、同居人のコよ」
 まるで、ごく普通に紹介するような自然なセリフ。なかなかの名演技…だなと思う。
「アンジェとどういう関係?」
「別にとって食いはしねえよ」
 人を食ったような口調にレイチェルはますます不機嫌になる。
「レイチェル。……大事な話があるの」
「アンジェ?」
 いつもとは違う親友の雰囲気にレイチェルは戸惑いを隠せない。アンジェリークはその視線を受けとめることが出来ず、微かに目を
そらせた。

 

レイチェル登場です。しかし、これ、裏にしなくてもいいんじゃないか……しくしく……。

|| <絶対的関係
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