| 『我は夢を見たことはなかった。走り続けることばかりで、夢などはざれ事だとばかりに思っていた』 『部下達と共に事業を起こした時から、周囲に負けるまいと、ひたすら走る続けてきたのが、今の結果だ。 ビジネスは我にとっての夢ではない。走り続けていたら、結果がついてきただけだった』 『だからだろう。この身が病に蝕まれたと医者から告げられた時にもたいした感慨などもなく、ましてや 悲劇の主人公になるわけでもなく、我はそれを受け止めていた。命の期限がわかっただけだ。後のこと さえを先に決めてしまえば、後はどうでもいいこと。我はただ一日が過ぎるのを傍観者のように見つめて いたのだろう』 『もちろん、ビジネスには十年先、二十年先の視点が必要とされる。我が未来を見ていたのはその時だけだ。 夢ですらなかった。我には必要のないものだったのだから』 淡々とした言葉が書きつねられていた。レヴィアスが残した一通の手紙。誰に宛てたわけではなく、ただ、 自分の心境を綴っただけのもの。だからこそ、深く伝わってくるものがあった。 そして、手紙は続く。 『だが、神というものは皮肉なもので。ただ生きてきただけの我に歌姫との出会いを与えた』 『真っ直ぐな瞳はそのまま、意思の強さを現していた。真っ直ぐであるがゆえに大人達の社会でひどく傷付き ながらも、前に進もうとする。その姿は凛々しくもあり、もろくもあった』 『自分を、自分の歌を信じ、歌い続けようとする歌姫の姿は我がずっと知ることのなかった、気付かなかった もの、我の夢を見せてくれた』 『残りすぎない時間の中で、いつしか歌姫の夢は我の夢になっていた。神は皮肉だと思っていたはずなのに、 我は初めて、感謝する気になったのだ。最後の時に歌姫にで会わせてくれた幸運を……』 『もっと早く出会えていたらとは思わない。今の我だからこそ、歌姫との出会いに意味があったのだ。夢を見る ことなく、夢見ることを過ぎ行く我に最初で最後の夢を……』 日付はレヴィアスが永遠の眠りにつく数日前だった。発作が頻繁に起こり、予断を許さぬ状況だったという。 そんな中でこの手紙を残し、最後の夢を見ながら、レヴィアスは去っていってしまったのだ。 「あの方は最期まで幸福におられました。この手紙の言葉を借りるなら、夢を見るように……」 淡々と語るカイン。 「あたしを責めないの……」 病院を抜け出し、コンサート会場でアンジェリークを見守りながら、独りで彼はとわの眠りについた。病院に いたら、無理をしなければ、まだ大丈夫だったかもしれないのに。半ば、自分自身に向けているアンジェリークの 言葉にカインはゆっくりと首を振った。 「どうして、あなたを責められるんですか? あなたがいてくれたからこそ、あの方は幸福な最期でいられた。 私たちにはあの方に何もしてやることはできなかったのに……」 ゆっくりと諭すようにカインは語る。 「あなたはあの方の大切な夢ですから。そんな大切なあなたをどうして責めるのですか……」 誰もがアンジェリークを責めはしない。レヴィアスの死を面白おかしく書き立てようとしたマスコミより先にこの 手紙を公表したのも、二人の関係を大切にしていてくれたからだ。 「あなたが歌い続けるのならば、私たちはレヴィアス様の意思をついで、あなたをサポートします。あの方の 夢を……」 そう言って、カインは手紙をアンジェリークに渡した。 「あなたが持っていてください……」 そう言って、手紙をテーブルに置いてアンジェリークを一人にした。 「レヴィアス……」 そっとその手紙をとると、アンジェリークはぽろぽろと涙を溢した。今はまだこらえきれない現実を、その手紙を 抱きしめることで忘れるかのように……。 |
レヴィアスの死を知ったアンジェリークを書くよりは、レヴィアスの思いを書きたかったので……。