部屋を出ると、そこにはカインが控えていた。
「運転手に車を用意させてあります。送っていきますので」
「あ、ありがとう。あ、あの。ごめんなさい」
「?」
 アンジェリークの謝罪の言葉にカインは首を傾げる。
「あなたにもずいぶん生意気な態度を取っちゃったし……。だから!」
「ああ」
 クスリ、とカインは笑みをこぼす。レヴィアスのそれとははるかに違うけれど、悔しいくらいにそれは大人の笑顔で。
「気にしておりませんよ。あれくらいは可愛いものです」
「う〜」
 まるで子ども扱いされているようで、決まりが悪い。実際、彼やレヴィアスとは年齢が離れているのだから、本当に子ども 扱いなの
かもしれないが。

「レヴィアス様もこの世界に入って色々とありましたから。あなたのようにまっすぐにぶつかってこられる方がずっといいの ですよ」
「……」
 自分の知らない、オトナの世界。芸能界という狭い世界でもあれだけどろどろしているのだ。世界の有数な財閥である アルヴィース
財閥を一人で作り上げたレヴィアスは自分以上に色々なものを見てきて、傷ついたのだろうか。一見冷た

そうなオッドアイ。だが、その瞳に映るものは今までの大人たちのどの色とも違っていたような気がする。
「レヴィアス様から、お渡しするように言付かりました。あなたをお気に召したようですね」
 そう言って、カインは身分証明用のパスをアンジェリークに手渡す。
「あたしは別に……」
「ああ。お気に障ったのなら、申し訳ありません。ただ、嬉しいのですよ。あの方にはもう執着するものは何もないと諦めて おりました
ので……」

「?」
「いえ、何でもありません。これを提示すれば、このビルと屋敷に入れます。レヴィアス様のご友人に失礼をする輩はいない とは思い
ますが、何かありましたら私に申し出てくださいね。さ、着きましたよ」

 駐車場に着くと、リムジンがアンジェリークを待っていた。
「このまま自宅ですか? それとも事務所に戻られますか?」
「……家でいいわ。住所は……」
「いえ。もう、言付かっていますから」
「え……?」
 調べていたのだろうかと、思わず窓の外のカインを見つめるが、彼はあいまいに笑っているだけ。そのまま、車は発進した。
(何だか、今日はラッキーなのかそうでないんだか……)
 歌えといわれたあの瞬間、確かに自分の中の何かがはじけたような気がする。今までの大人たちにはない何かを持つ 人。それが
何なのか、気になって仕方がない。お金持ちの気まぐれとは少し違うような気がするのだ。

「負けられない勝負を挑まれたカンジ、かな?」
 呟いて、クスリと笑みをこぼす。こういう勝負では負けたくはない。本気を出せといった。初めて自分の実力を認めてくれ ようとして
くれる人なら、なおさらだ。渡されたパスカードを握り締めて、アンジェリークは不敵な笑顔を浮かべた。

 

 帰宅すると、留守電には所属事務所のマネージャーと社長からの伝言が入っていた。携帯を持ってはいるが、この手の 対面の後
には身体を求められることもある。むやみに携帯に連絡を入れられないので、自宅の留守電に入れているのだ。
『例のCMの件が
決まった。新曲の用意はできている。すぐにレコーディングだ』

『やったな、アンジェ! アルヴィース財閥とこれでコネができたぞ!』
 マネージャーの留守電はともかく、社長のそれには嫌悪を感じる。それでも逆らわずに仕事をしている自分自身が一番嫌い なの
だが。利用できるものは何でも利用する。それがこの世界で生き延びるすべだ。コネも何もなく、実力だけでやっていく

にはそうするしかない。そう言われてきたし、自分に言い聞かせてきた。
「社長に連絡しないとね……」
 受話器を上げて、ふとその手を止める。
「この件は言わないでいよう……」
 知ってるかもしれないけれど、自分からは言いたくはない。媚びるつもりも何もない。レヴィアスにはありのままの自分で向かい合い
たいから。一つため息をついて、短縮ボタンを押した。

カインも公認ですね。カインが一番レヴィアスに近い存在だからこそ、アンジェに救いを求めているのかも……。


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