「じゃあ、歌うわ。ちゃんと聴いてて」
 そして、天使の歌声がこの部屋を支配する。歌声から、広がるのは果てしない世界。柔らかで、穏やかな歌声は優しく染みとおる。
(……声があふれる)
 いつも以上に声が通るような気がする。自然に自分の中からあふれ出す。レコーディングスタジオのような設備も何もないこの
空間で、ただ自分の声だけが作り上げる世界がすべてで。だからこそ、歌えるのかもしれないと思った。“歌いたい”、その意識の
根源に立ちかえるように。
 心が透明になってゆく。意識の全てが歌になって、この空間に溶けてゆく。歌っているのは自分であって、自分で無いような。
一種のトランス状態。そして、何よりも至福の時間。
 だが、そんな時間も歌い終えると、現実に立ち戻る。楽しかった時間に別れを告げると、アンジェリークがただ一人の観客である
レヴィアスに深く頭を下げた。
 パチパチパチ……。たった一人の握手だけれど、心は満足していた。
「見事なものだな。アイドルだというので、期待はしていなかったのだが」
 レヴィアスの言葉にアンジェリークは苦笑する。確かに自分の事を知らずに、アイドルとしての認識で呼び出されたのなら、認識は
こんなものなのだろう。
「これでも、一応実力はあるって言われてるんだけど。まぁ、普段はセーブしてるし」
「セーブ?」
「あんまり、上手すぎると生意気だって言われるから」
 可愛いことを売りにしている間はそれだと困るから…と。そんな理不尽な理由で言われ続けていたこと。それでも、歌うことが好きで、
いつかは自分の本当の実力で歌って見せると自分に言い聞かせていたから。
「下らぬ理由だな」
「でしょ?」
 そう言ってくれることがとても嬉しかった。いや、期待していたのかもしれない。こんな小娘に過ぎない自分を正当に評価しようとして
くれている。だからこそ、本当の実力を見せたかった。
「ありがとう。おじさん。あたし、すごく気持ちよかった」
「素直な態度、だな」
「あたしのことをちゃんと評価してくれたからよ。だから」
 そんな当たり前のことが嬉しいだなんて。どう思われてもよかった。ただ、アンジェリークがそうしたかったから。
「CFには起用しよう。ただし、条件がある」
「条件……?」
 ゴクリ、とアンジェリークは息を飲む。レヴィアスは静かに告げる。
「我に今聞かせた歌声で歌え。あの新車は開発の連中が昼夜を惜しまず働いて、作り上げた最高の作品だ。我も実際に見てみたが、
満足いく仕上がりだ。それに見合う歌声でなければ、連中に申し訳が立たない」
「……本気で歌えってこと?」
「お前のあの歌声なら、連中の苦労も報われるだろう。そうでなければ、つぶされると思え」
 厳しい口調だけれども、そこには確かに信念というものが存在していた。そして、初めて気づく。レヴィアスもまた、自分の信念によって
生きているのだ、と。
「わかったわ。最高の歌声を届けて見せるわよ」
 これは一種の勝負のようなもの。だが、心地よい緊張感。こんな感覚を味わうのは初めてかもしれない。
「ならば、もういい。時間をとらせてすまなかったな」
「あ、ううん。ありがとう。おじさん…じゃなくて、総帥さん」
 慌てて言い直すアンジェリークにレヴィアスはふと何かを思いついたように口を開いた。
「レヴィアスでいい」
「へ?」
「おじさんと呼ばれるほど、我は老けてはいない。肩書きで呼ばれるのも鬱陶しい」
「……呼び捨てでいいの?」
「我はかまわぬ」
「…じゃあ、あたしはアンジェでいいよ。レヴィアス!」
 思わず、笑顔になる。なんだか、身近に感じてしまう。呼び方を変えただけだというのに。
「それと専用のパスを作ってやる。暇な時にでも来るがいい」
「……う、うん」
「強要はしない。いらなかったら、捨てろ」
「ううん。また、遊びに来るよ!」
 この人とは一度きりでは終わらせたくはない。そんな気がしたから。その言葉はとても嬉しかった。
「では、下がるがいい」
「うん。またね、レヴィアス」
 扉を開けて、部屋を出寸前にもう一度振り返って手を振ると、レヴィアスはわずかな笑みを浮かべてくれた。それが、何よりも嬉しいと
アンジェリークは思った。

おじさん呼ばわりはやはり嫌だった見たいですね。レヴィアスってば(>_<)。


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