室内に、キーボードを叩く音と、電子音が響く。
「恐らく、炎先輩は過去にいます」
宇宙人と炎が姿を消した後、一旦、ダグベースに戻り、雷がデータを分析していた。
出てきたデータを前に、雷は深く溜め息を吐く。
「あの宇宙人は危機に陥ると、自分の生命を司る部分を過去に飛ばすんです。そして、身体はこのような小さな石に変化して、
休息するんです」
指し示されたデータと共に宇宙人であった小さな意志を指し示す。
「ぱっと見は普通の石…ですね」
「ええ。何の生命反応もない。だから、普通はなかなか気づかないんです」
「とっさに拾って、正解でしたね」
翼の言葉に雷はうなずく。
「しかし、過去に飛ばすとはどういうことじゃい?」
「文字通り、過去に飛ぶんですよ。激先輩。ただ、一口に過去に戻ると言っても、不自然な形で過去に飛ぶと、時空の自浄能力に
はねつけられます」
「時空の自浄能力?」
「過去を変えることはできないんです。現在と言うのは過去の積み重ねですから。未来は現在の積み重ね……。過去を変えると
いうことは、現在に至るまでのその積み重ねを崩すことです。ですから、時空は、その時代の空間にあるべきでないものを排除
すると言う自浄能力を持つんです」
「……つまり。重ねた座蒲団を崩すと、崩れるからみたいなものかのう?」
「そうですね。激先輩のたとえ通りです」
その言葉に今度は翼が口を開く。
「つまり、未来のものがその時点での過去に飛ぶと、拒否されるんですね」
「はい。歴史を変えることは物理的に不可能なんです。もし、変えてしまおうものなら、その時点で、別のパラレルの時空ができて
しまう。もう起こってしまったことは変えることなどできませんから」
「……覆水盆に返らず、か」
海の言葉に、ああ…と納得する翼。
「覆水……?」
きょとんとする雷に海は慌てて言葉を足す。
「盆から零れた水を元に戻すことはできない…という意味だ。取り返しが着かない…という意味になる」
「難しいんですね。地球の言葉って……」
その言葉に海は苦笑する。雷は何ら普通の地球人と変わらないが、こういうところで文化や言葉の違いを認識してしまうからだ。
「あ、話を戻しますね。過去を変えることができないことはできないんですけど、過去を変えない程度のものなら、時空も場合に
よっては柔軟性を見せます。事故でタイムスリップなんてのも、昔からよくある話ですし。わずかながらの動きなら……」
「つまり、時空が見逃す程度のわずかなエナジーの吸収をすると言うことも考えられるんですね。そして、そのエナジーが充たさ
れた時に体のある現在に戻る……」
手の中の石を見つめて問う翼に雷は頷く。
「今、この石を破壊するわけには行かねえのか?」
「森先輩。そんなことをしたら、宇宙人は体を作るためにまた別の過去に飛びます。この石は言わば、僕らにとってのあの宇宙人の
目印ですから」
「じゃあ、どうするんだ。宇宙人もそうだが、炎も向こうにいるんだろう?」
はっきりしない雷の態度に森はまどろっこしくなってきているようだ。
「キーは炎先輩です」
「何?」
「あの宇宙人と共に過去に飛んだ炎先輩も、時空にしてみれば異物です。炎先輩がおとなしくしているとは思えませんから、時空に
ゆがみが生まれるはずです」
「……つまり、そのゆがみを利用して、宇宙人を戻すと言うことだな」
「そうです」
そう言って、雷がモニターを操作すると、画面は空間が歪んだ図が表示される。
「今から、ダグベースのメインコンピューターを使って、炎先輩に連絡を取ろうと思います。ダグコマンダーは端末ですから、時空を
超えた通信は難しいですが、これなら……」
「そんな機能があるんですね……」
「はい。宇宙警察機構でも時空間の事故などがありますし。翼先輩、手伝ってくださいませんか?」
「当然ですよ。興味ありますしね」
趣味と実益を思いっきり兼ねたようなことを言われれば、浮き浮きと頷く翼である。
「とりあえず、今日はここで解散しましょう。後は僕と翼先輩とで調整をしますから」
その言葉に反論するものもいない。
「それじゃ、雷、翼、頼んだぞ」
「わかりました。じゃ、先輩方もお気をつけて」
とりあえず、解散という形になって、翼と雷以外の人間は去っていく。
「あの…竜先輩……!」
「……何だ?」
声をかけられて、竜は振り返る。だが、雷は首を振る。
「何でもありません。炎先輩と連絡がすぐつけられるように頑張りますから」
「……ああ、頼む」
それ以上は何も言わずに去ってゆく竜に雷は軽く溜め息を吐く。
(僕が言っても、探られるか……)
竜に探られずに住む方法を雷は思いつけない。たぶん、性格なのだろうとは思うのだけど。
「雷、竜がどうかしたんですか?」
「翼先輩……」
恐らく、翼なら読まれずにすむだろう。だが、翼の頭脳は今の問題を解決するほうに向けていてほしいと言うのも本音で。
「あの……。竜先輩にさりげなく話しかけるのって、どうしたら……」
「竜が何かを知っているんですか?」
「……」
やはり鋭いと思う。雷は意を決することにした。
「今の竜先輩ではなくて、過去の竜先輩なら知っていると思うんです。ただ、それを探るには僕は不適格ですから……」
「君は読まれやすいから…ですね。僕なら、適役ですか?」
「さりげなく聞くの得意そうですから。でも、翼先輩にはサポートをしてほしいし……」
そう言って、俯いてしまう雷。そんな雷を御手、翼はぽんと手を打つ。
「森を呼びましょう」
「森先輩を?」
「ああ見えても、彼はさりげなく聞くのには向いてますよ。少なくとも、激や海よりは適役ですから」
「……そうですね」
「じゃあ、今からダグコマンダーで呼びましょう。そろそろ、校門を出て、海や翼と別れてるはずですから」
「はい!」
頷くと、雷はダグコマンダーで森を呼び出した。
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