「どうしてなの、アンジェリーク……?」
 ロザリアの言葉にも悲しげに首を振る。自分と同じ羽根を持つ存在。出合ったときから、懐かしい感じがした人。けれど、
彼女の側よりもクラヴィスの側にいたい。そう思うから。
「私ではあなたを幸せにしてあげられないの……?」
 ふわり…と、アンジェリークの身体が宙に浮かぶ。そして、ロザリアの元まで飛んで来る。
「アンジェリーク……?」
 小さな手が、ロザリアの頭を何度も撫でてくる。まるで、幼子を慰めるように。
(泣かないで……)
 小さな手から伝わる確かな暖かさ。
「私に……?」
 小さな手で触れられる箇所は僅かなのに、それはとても暖かくて。心全体を満たし、潤してくれる。

「馬鹿ね、成長の遅いあんたに慰められて、この私が喜ぶとでも……」
 言葉とは裏腹に和まされている心がある。心の中のとげが丸くなり、なくなってしまう。誰に教えられたわけでもない、本能の
行動。何も知らなくても、ちゃんと天使として行動をしている。 
「成長の度合いとは関係なく、その天使はそこにあるだけで祝福となる……」
 その笑顔がすべてに祝福をもたらす。小さな天使のあるがままの姿が心をいやすのなら、それもまた天使としての大きな
資質になるのだ。
「人間よりも長く生きる存在だと言うのなら、今、ここで寄り道をしたところで、困りはすまい……」
「随分、勝手なことをおっしゃいますのね。そんなたわごとで私を納得させる自信がありますの?」
「これをずっと見てきているのでな。感情の赴くままに生きるのも悪くはなかろう?」
 苦笑混じりにそう告げると、手を伸ばして、アンジェリークを手招きする。小さな天使はその腕の中に飛び込んでゆく。限り
ないほどの至福の笑みを浮かべながら。けっして、今はロザリアに向けられることはないし、ロザリアも向けさせる自信はない。
本当に幸福だからこそ見せられる笑顔を。今、クラヴィ視から引き離したら、本当の笑顔はきっと向けることはない。それは
確信にすらなってしまっている。
「わかりましたわ。今日のところは私の負けですわね」
 フゥッと、大きく溜め息をつき、大袈裟に肩を竦める。
「よく考えてみたら、本来、いるべき天界よりも、人間界がいい天使なんて、前代未聞もいいところですわ。もう少し、人間界に
いたら、そんな認識もなくなるのかしら」
 そう言い切ると、ロザリアはクラヴィスに詰め寄る。
「誤解なさらないで下さいませ。私は諦めたわけではありませんの。そして、覚えておいてはいただきますわ。この子が幸福で
なかったり、あなたよりも私を選ぶことになったら、遠慮なくつれ戻しますわ。せいぜい精進なさるといいですわ」
「覚えていればな……」
「忘れさせませんわ!」
 きっぱりと言い切ると今度はアンジェリークに向き合う。
「いいこと? また私は来ますから、嫌になったら、いつでも言うのよ? ここよりもずっと素敵なあんたのふるさとの皆様は、
あんたを待ってるんだから」
 わかっているのかいないのか。丸い瞳をさらに大きくして、きょとんとロザリアを見つめている。そんなアンジェリークの仕種が
あまりにも可愛くて、強奪してでも連れ帰りたくなる衝動を何とか抑える。
「では、失礼いたしますわ」
 ドレスのすそを持ち、恭しく礼をすると、ロザリアの姿は消えてしまう。その気配すらも消えてしまった。
「塩はどれがよろしいですか?」
「リュミエール……」
 いつの間に用意したのか、純粋な塩化ナトリウムから、岩塩、アジ○オ、伯○の塩と様々な種類の塩を手にしている。
「それは必要のないものだ……。選ぶのはアンジェリークなのだからな……」
「クラヴィス様……。わかりました。私が間違っていたようです……。じゃあ、アンジェがここで幸せを感じるように可愛がりましょう
ね」
 にっこりと優美な笑みを浮かべるリュミエール。根本的に論点がずれているような気がするのはクラヴィスの気のせいなのか。
「全てはおまえしだいだ、私の手をいつか話すときがきても、私は後悔はしまい……」
「……」
 その言葉にあどけない瞳の天使はギュッとクラヴィスにしがみつく。そして、極上の笑みを向けて見せる。大好きな人には何時
だって幸福に笑っていて欲しいから。自分が笑えば、この人も笑ってくれそうな気がして。そんな小さな天使の策略につられる
ように、クラヴィスは微かな笑みを浮かべた。

 一方、天界に戻ったロザリアは真っ先にディアの元の参上し、事の顛末を話した。
「……。つまり、アンジェリークは人間界で幸福なのですね」
「ええ。まだ、小さいままですから、物事の判断も幼いようですわ」
 苦々しさと悔しさが入り混じった表情で答えるロザリア。そんな彼女をディアは穏やかになだめる。
「あら、そうとは限らないのですよ。”魂を共にする者”に巡り会えたのかもしれませんし……」
「”魂を共にするもの”?」
 聞きなれないその言葉にロザリアが怪訝そうな顔をするが、ディアは穏やかに微笑むだけで、何も答えはしない。
「では、ロザリア。あなたに天使としての重要な仕事を任命します」
「は、はい……」
 いきなりのその言葉に身を堅くするロザリア。そんなロザリアにディアは静かな声で天使としての正式な任務を言い渡した。
「え、それって……?」
「不満ですか? ルヴァの意見と私の意見を女神に申し上げたら、そういう辞令が出たのですよ」
 任務の内容はとても意外なもの。だが、嫌だなんて首を振るはずもないくらいの嬉しいもの。
「頑張りますわ!」
 鮮やかに宣言すらして見せるロザリアにディアは穏やかに微笑を返していた。

 ようやく、次でエピローグ……。長かった……

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