「あ、あなたなどに言われなくても、わかっておりますわ」
それは指摘されるまでもないこと。だが、さっきから、リュミエールにずっと話の腰を折られ続け、話すに話せなかったのだ。
「率直に申し上げますわ。アンジェリークを連れ戻しに来ましたの。いきなりでは流石に不躾ですから、こうして断っておこうかと思いまして」
「いきなりでなくとも、十分不躾だとは思うのですが」
「……」
きっぱりと言い切るリュミエールに一瞬、反論しようとするが、それでは相手の思う壺だ。先程から、こうやって、何度も話を反らされ続けていたのだから。
「元々、アンジェリークは天界にあるべき天使。何らかの手違いで人間界に降りてしまったようですけれど、天界にあるべき存在
なのですから」
「それが、この者の幸福だと……?」
「ええ、そうですわ。本来あるべき場所にいてこそ幸福なはず。人間界にはあなたがたのような人間ばかりでないことをその子は
まだ知らないのですもの」
人間という生命は必ずしも善良な者ばかりではない。何も知らない小さな存在だからこそ、人間界に染まってほしくなどない。
「何をおっしゃるのかと思えば……。そちらの管理不行き届けが原因ではありませんか。それに、落としものは落とし主が一定
期間の間、現れなければ、拾い主の権利になるのですよ」
「リュミエール……」
それは違うだろう…と、クラヴィスでなくとも、思うこと。アンジェリークは拾得物ではなく、自分の意思を持ち、それを自分である
程度は伝える事のできる存在なのだから。
「それに、クラヴィス様はアンジェリークを手元に置くようになってから、毎日を健やかにお過ごしになるようになったのですよ。クラ
ヴィス様のお心に光を点した存在を取り上げてしまおうなんて、何てひどい方なのでしょう。あなたは本当に天使なのですか?
ああ、恐ろしい……」
「それって、私に対してもですけど、そちらの方に対しても失礼な気が……」
クラヴィスの方は慣れてしまっているのか、あえて何も言わない。言う気にもなれないといったほうが正解かもしれない。
「アンジェリーク」
「?」
呼び掛けられて、小さな天使は可愛らしく首を傾げる。
「決めるのはおまえ自身だ。もし、仲間の元に帰りたいと願うのなら、そうすればいい……」
「クラヴィス様?!」
思いもかけないその言葉にリュミエールもロザリアも驚くしかない。まさか、彼の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった
から。
「おまえが一番いたい場所に、最も幸福で居られる場所にいるのが、一番よいのだ……」
「……」
それは誰よりもこの小さな天使を慈しんでいるからこそ言える言葉。大切な存在の幸せをただ願うその心から……。
「……」
ギュッと、アンジェリークはクラヴィスにしがみついて、フルフルと首を振る。それは何よりも堅い意思の現れ。一番大好きな
人のそばにいたい…と。
口数は少なくて、あまりおしゃべりも遊んでもくれないけれど。この人の腕の暖かさを、いつも見守ってくれる優しいまなざしが
大好きだから。
この人の側にいたい。生まれてすぐに出会い、このおうちに連れてきてくれた。たくさんの優しさをくれた人の側に……。
「困った天使だな……」
ロザリアを選んだのなら、この小さな天使を手放す覚悟はできていたのに。これではもう手放せなくなってしまう。リュミエールが
言うまでもなく、この天使を愛しいと思うこの心に偽りはないのだから……。
「アンジェリーク……」
愛しげに小さな天使を抱きしめる。アンジェリークも抱きしめ返す。精一杯の思いを伝えるかのように。
「どうしてなの? 時を同じくして生まれた私でなく、どうして人間の方を選ぶの?」
ロザリアの瞳が悲しげな色に染まる。
「私と一緒に天界に帰るのよ! そうでなければ、あんたは成長できないのよ?」
「どういうことだ?」
ロザリアのその言葉にクラヴィスとリュミエールは怪訝そうな顔をする。
そう、“時を同じくして生まれた天使”の言葉に納得できなかった一番の理由。それはアンジェリークとロザリアの成長の差。赤
ん坊のようなアンジェリークに対し、ロザリアは17、8歳の少女の姿。ときを同じくして生まれたといわれて、誰が納得できるだろう
か。
「人間界の空気の中では、天使が成長しにくいのですわ。それが天界の清らかなる空気の中で育った私とその子の大きな違い
なのですわ」
「成長しにくいとはいうことは、少しずつでも成長はするのでしょう? 早く大きくならなくても問題はないのでは?」
「話を混ぜっ返さないないでいただけません?」
ここで怯んでは、埒があかない。リュミエールのペースに合わせないようにと、自分に言い聞かせて。
「ここにいては、この子はいつまでも大きくならないんですわ。かわいそうだとは思いませんの?」
「それが幸福か否かはこれが決めることだ。我々に口を挟むことなど、できるはずもない」
すべてはこの腕の中の小さな天使が決めること。それに口を出すことは誰にもできないのだ、と。
あと、もうすぐです。相変わらずな水様……。
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