パタパタパタ。アンジェリークが走り回る音でアリオスの朝は始まる。生活音で目覚めるアリオスの朝である。
 シャワーを浴びてから、キッチンに向かうと、コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。
「おはよう、アリオス。待っててね」
 テーブルの上にはすでに朝食は用意されている。
「はい、コーヒー」
「ん……」
 黙々と食べ始めるアリオスの向かいに座って、アンジェリークも朝食を取り始める。
「あ…私、今日。遅いの。レイチェルが入院しちゃったから、お見舞いにいくの」
「入院?」
「うん。盲腸なんだって。昨日、様子を見に行ったら、見舞いにケーキを持って来いって、うるさいの」
 そう言って、肩を竦めるアンジェリーク。アリオスも何度かレイチェルに会ったことがあるので、その場面は容易に
想像がつく。

「そんだけ元気なら、死にはしないだろう……。やっかいな患者で、病院が気の毒だ……。」
「……」
 確かに一理ある。実際、昨日お見舞いに行ったときりレイチェルは元気が有り余っていたのだし。
「だから、今日は冷蔵庫に入れてるのを適当に食べててね」
「わかった」
 この場合、アンジェリークは冷蔵庫の中に何食か用意している。近所にコンビニもあるし、特には困らないが、アリ
オスは面倒だと食べたがらないところがあるので、こうせざるを得なくなってしまっているのだ。

「おはようございます」
「あ、おはよう。ユージィン。早いね、今日は」
「ええ。今日は製薬会社が来ますから、書類のチェックをしようと思いまして。先生、これがこの間の薬の資料です
ので、後で目を通しておいてください」

 ユージィンはそう言いながら、鞄から紙袋を取り出す。
「食ってるときに仕事の話するなよ……」
「申し訳ありません」
 そう言って、頭を下げるユージィン。
「わざわざ、謝らなくても……」
「いえ…不快に気分にさせたのなら、私の責任ですので」
 ユージィンはそう言うが、どうもアンジェリークにはしっくりこない。ただ、知っているのは彼がアリオスを崇拝している
ことだけだ。それゆえに、彼にとってアリオスは絶対的なものであるらしい。

「あ…そろそろ行かなきゃ。ごめん、お茶、出してあげられなくて」
 時計を見ると、そろそろ出かける時間。アンジェリークは流しに食器をつけると、リビングに置いてある鞄を取りに行く。
食器はアリオスが自分で洗うか、ルノーが洗ってくれていたりする。

「いえ…自分でしますから、結構ですよ。それより、急がなくてもいいのですか?」
「うん。じゃあ。あ、あのね。ご飯、冷蔵庫に入ってるから。今日、私遅いから適当に食べててね」
「学校の用事ですか?」
「ううん。友達が隣町の総合病院に入院してるから、お見舞いに行くの。だから、遅くなるから」
「……」
「何か?」
 きょとんと首を傾げるアンジェリークのユージィンは一瞬だけ、アリオスに視線を向けるが、すぐにいつも通りの丁寧な
態度に戻る。

「いえ…何でもありません。それより、そろそろ時間でしょう? 行かなくちゃ」
「う、うん。じゃ、行ってきます」
 ユージィンに言われて、時計を見ると、急がなくてはいけなくなっている。ぱたぱたと玄関に向かうアンジェリーク。しば
らくすると、
家の方の玄関の鍵をかける音が聞こえてくる。
「よろしいんですか?」
「何がだ?」
「あの病院は……」
 ダン! ユージィンが何かを言おうとする前に、乱暴にカップを置いて遮る。
「あいつには関係ない。違うか?」
「申し訳ありません……」
 気まずい沈黙が流れる。アリオスはそれ以上は何も言わずに、新聞に目を通すのであった。

 そして、放課後。レイチェルの見舞いにアンジェリークは病院に訪れた
「わーい、モン・ナポレオンのケーキだ」
 うきうきとハートマークを飛ばして、レイチェルがはしゃぐ。ちなみに、モン・ナポレオンと言うのは彼女たちのお気に入りの
ケーキ屋のことである。

「レイチェル、そんなにはしゃぐと傷口から開くわよ」
 一応、たしなめるように言うアンジェリーク。昨日も騒いで看護婦にしかられたことも会って。
「これくらいで開く傷口なら、慰謝料を請求するって」
「……」
 レイチェルも負けてはない。
「でも、ここの病院って、けっこう曰くあるらしいよ」
「え、そうなの?」
 レイチェルに紅茶を差し出すアンジェリーク。
「らしいよ。昔の話だけどね。医療ミスか何かだって。それで院長交代のドタバタがあったとかいう話」
「よく…ここに入院する気になったわね……」
「だって…今は院長も違うらしいし。経営を院長一族が手を引いて、別の医療法人に渡って、今の病院になってるんだもの。
大丈夫でしょ」
 この辺の割り切りがレイチェルらしい。だが、ここが大部屋であることをすっかり忘れている会話である。周囲の
視線がかなり痛い。無理もない。自分たちの入院している病院の曰くなどを聞いて、何が楽しいのだろうか。

「ちょっと、静かにしてちょうだい。ここは病院よ」
と、看護婦にまで、にらまれてしまう。
「す、すみません」
「はいはい。静かにしてればいいんでしょ」
「レイチェル……」
 改めて、この友人のしたたかさを思い知るアンジェリークである。
「お友達が来て、はしゃぎたい気持ちはわかるけど……」
 不意に看護婦の言葉が途切れる。
「あなた……?」
「すみません、もう帰りますから……」
 看護婦の怒りの矛先が向けられるのかと思い、そそくさと身仕度を始めてしまうアンジェリーク。
「あ、ごめんなさい。怒るとかじゃないわ。ちょっと…ね……」
「はぁ……」
 何がなんだかすっかり分からない。
「じゃあ、あまり騒がないでよ……」
 それだけを言い残すと看護婦は去ってしまう。
「何だったのかしら……」
「もしかして、昔ここで病死した女の子がいて、それがあなたにそっくりだったとか……?」
「ちょっと、やめてよ……」
 冗談にしては度がきつすぎるレイチェルの言葉にアンジェリークはさすがに顔をしかめる。
「そんなこと言うなら、このケーキ持って帰るわよ」
 そう言って、レイチェルの手からケーキの箱を取り上げる。
「あーん、嘘だってば」
「わかればよろしい」
 お姉さんぶった口調で言うと、二人して顔を見合わせて噴き出してしまう。なんだかんだと言っても、親友なのである。

「あの子にそっくりだったのよ……。もう、私ビックリしたわ」
「でも…あの子に妹がいるなんて話、聞いていなかったわよ……」
「じゃあ、他人の空似?」
 ベテラン、中堅クラスの看護婦たちが顔を見合わせている。
「でも…恐いくらいに似てたわ……」
「もう、思い出すことなんてないと思ったのに……」
 アンジェリークを見て驚いていた看護婦が溜め息を吐く。
「あなた方、仕事はよろしいのですか?」
 不意にかけられた言葉に看護婦たちは硬直する。
「キーファー事務長!」
「あなた方がこうして、時間を無駄にしている間に、患者はあなた方を必要としているかも知れないのに。感心できませんね」
 口調は丁寧だが、冷たさを感じさせる。それは彼女タチに向けられる視線と同じ位に。
「す…すみません……」
 そそくさとその場を去る看護婦たちを見送ると、キーファーは唇の端を微かに上げる。
(あの小娘か……。これは都合がいい……)
 ゾクッとするような冷酷な笑みを浮かべると、キーファーはその場を後にした。

ようやく、展開が変わってきました。うふふ。これで、色々なキャラが絡んできます。もういいの。コーエーがどんなオフィシャルを
出してきても。これが私の彼らのイメージなんだし。


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