それなりに静かな住宅街の中に、その家はある。病院と住宅を併せ持ったその家の敷地はそこそこに広く、色とりどりの花が
咲いた庭が人目を魅く。そこが彼らの『家』。二人が“二人”でいるための、一番基本的な場所。
パタパタ。早朝から聞こえる少女の走り回る音。洗濯機はまわり、掃除機の音が響いてくる。いつもの日常の生活音。それで
目を覚ますのが、彼の習慣。昔から変わらない。そして、これからも変わらない彼の朝。
「朝…か……。」
ベッドから起き上がると、青年は手近にあるシャツを羽織る。次に向かうのは…浴室ではなく、キッチンに。
一方、台所では。トントントン。何かを刻むリズム音。栗色の髪の少女は鼻歌を歌いながら、朝食の準備をしている。青年が目
覚めて、シャワーを浴びてくるまでにはまだ時間がある…と踏んでのこと。
そんな少女の後ろ姿を見て、青年は悪戯を思いついたように瞳をきらめかす。そして、気配を消して、そっと少女の背後に。
「よぅ…アンジェリーク……」
「……!」
背後から突然、耳元に囁かれる声に少女はビクッと反応する。声だけでなく、熱い吐息も添えているのだから。
「あ、アリオス!」
途端に耳元まで真赤にして、アンジェリークが振り返る。アリオスはどこか楽しげな様子で見つめている。
「何だよ…朝の挨拶だろうが……」
「何が、朝の挨拶よ! 朝っぱらから!」
「堅いこと言うなって……」
気がつけば、流し台を背にするような形で追いつめられていて。捕われのウサギさんの図…である。
「いいから、おとなしくしてろって……」
「や…バカ……!」
それでも身じろごうとするアンジェリークを難なく押さえつけて、アリオスはその唇を塞いでしまう。
「ん…ぅ……」
朝の挨拶…と言うには、少々濃厚な口づけに、アンジェリークの身体から力が抜ける。それを片腕で難なくアリオスは支える。
「ちょ…っ、何よ、この手は! やだ、どこ、触って……」
力が入らないなりに、それでも、じたばた抵抗する少女の耳元にそっとアリオスは唇を落とす。
「…や……ん」
「アンジェリーク……」
顔を上げたアリオスがアンジェリークを見つめる。潤んだ瞳に移るアリオスの顔は悔しいけれど、とても素敵だと思う。観念した
かのようにアンジェリークはそっと瞳を伏せる。そして……。
「お…おはようございます……」
「……おはよう」
パタパタ…とキッチンに向かってくる足音。そして……。
「………」
数秒間、流れる奇妙な沈黙。真赤になっているルノーと平然と見ているショナ。
「ご、ごめんなさい!」
「……どのくらい後に来たら、いいんですか?」
反応も二人、かなり違う。
「何だ…いつもより早く来やがって……。あと三十分、外にいろ」
不機嫌そうに振り返ったアリオスの声に、ルノーの肩がビクッと震える。ショナは眉一つ動かしはしない。
「は…はい!」
「三十分で足りるんなら、公園にでも行こうか……」
おとなしく出ていこうとする二人。だが……。
「アリオスの馬鹿ーっっ!」
パシーンと言う、派手な音と共に少女の絶叫がこだました。
「……どうしたの、先生、頬が赤いけど」
しばらくして、やってきたジョヴァンニがアリオスとアンジェリークを交互に見る。
「あの……」
「ルノーはよけいなこと言わなくていいからね。いつもの時間に来て、いいんだから」
ルノーの口を封じたアンジェリーク。だが、それで大体のことを察してしまう。
(ま、これもすぐにいつもの光景になっちゃうんだろうね)
紅茶を飲みながら、くすくす笑うジョヴァンニ。アンジェリークが指輪を銀の鎖に通してネックレスにして、身に付けていることに
気づいたのは数日前。二人が新しい形になったことに気づく。
新しい「二人」になって、変わったこと。変わらないこと。色々あるけれど。二人らしいなら、それでいいと思う。
「じゃ、私、行ってくる」
時計を見ると、もう家を出る時間。
「今日はレイチェルとお茶して帰るから。遅くなるけど」
「ああ、気をつけてな」
「ん……」
うなずいてから、玄関を出ようとする。だが、すぐに足を止めて、アンジェリークはアリオスの元に戻ってくる。
「アンジェ……?」
何か忘れ物を思い出したのか…と言いかけた唇に触れる優しい感触。
「行ってきますのキス!」
「おい……」
アリオスが何か言おうとする前にアンジェリークは走り去ってゆく。
「朝から…仲のいいことですね」
揶揄するような口調ながらも、ユージィンはくすくす笑っている。
「やっぱ…アンタら、お似合いだよ」
カーフェイがにやにやと笑う。
「あれはいい女になる。違うか?」
その言葉にアリオスは当然そうに笑う。
「当たり前だ。だが、やらんぞ。あれは俺のだから…な」
サラッと言い切ったこの言葉に誰もが苦笑する。だが、それは誰もが認めていることだから。二人が“二人”でいること。それは
ずっと変わらない光景。そして…これからも……。
「じゃあ…そろそろ、開業の準備だな」
そして…今日もいつもと変わらぬ日常が始まる。新しい形の二人が、紡ぎ出す日常が……。
……FIN
ようやく、完結〜。しかし、馬鹿ップル化してるなぁ……。アンジェが強いのがまぁ、ねぇ……。