カーテンの隙間からこぼれる朝日にアンジェリークは身じろぐ。
「ん……」
 チュチュ…と小鳥が鳴く声にゆっくりと意識が浮上してゆく。
「目が覚めたか?」
「え……?」
 目覚め切れないアンジェリークの耳元に優しく響くテノール。
「アリオス……?」
 ぼんやりとした瞳で自分を見つめる少女の額にアリオスはそっと自分の掌を当てる。大きな手の感触が何となく優しくて、
アンジェリークは瞳を閉じる。

「熱は昨日よりは下がっているが、まだ…安心できないな。今日も一日寝てろ。学校には連絡入れてやるから」
「ん……」
 コクリとうなずくアンジェリーク。
「はら減ってるなら、何か作るぞ」
「ん……。ごめんね」
 気遣うように見上げる瞳に軽く溜め息を吐く。
「バーカ。謝る必要はない。たまには甘えてみろ」
「……うん」
「よし」
 そっと頭を撫でられる。それが何となく嬉しくて、笑みをこぼす。たった一日でこんなに違う。
「じゃ、待ってろ」
 パタン…とドアが閉まる音。アンジェリークはそっと額に自分の手を当てる。
「アリオスの手…ちょっと冷たかったな……」
 手の冷たい人は心が暖かい…そんな言葉を思い出して、くすくす笑い出す。元に戻れた感覚が何となくまだくすぐったくて。
(今は…これでいいの……)
 自分の気持ちを認めてしまっているけれど。今はこのままでいい。アリオスの傍に居られること…家族でいられること。想い
よりも何よりも…それだけで幸福なのだから。

 しばらくすると、トレーを持ったアリオスが入ってきた。暖かなコンソメの香りは食欲をそそる。
「美味しい……」
「そうか?」
 満更でもない顔をしながら、アリオスはトレーから、トーストを一枚取って、食べ始める。
「……どうして、アリオスも食べるの?」
「おまえ一人でこの量を食う気か?」
 大きめのトレーに載った食事は確かに一人で食べるには量が多すぎる。そして、マグカップが二つ並んでいたことにアンジェ
リークは初めて気づく。

「コンソメはおまえの分だ。食欲がなくても、それなら飲むだけでいいからな」
「でも…アリオスはモーニングでも食べに行けば……。わざわざ、私につきあわなくても……」
「バーカ。毎朝、おまえのメシ食ってんだ。今更、サ店のモーニングなんか食えるかよ」
 ツン…とアンジェリークの額をつつく。
「言っておくが、俺の舌が肥えたのはおまえの責任だからな」
「何でそうなるのよ〜!」
 けれど、その言葉が嫌ではない。毎日、ずっと作り続けてきたのだ。修学旅行等でいない時を除いては。それが習慣であり、
彼女なりの存在理由だったから。

「それにな…一人で食ってもうまくない」
「アリオス……」
「メシってのはそんなもんだろ?」
「……そうね」
 二人で毎日、一緒に朝食をとっていた。どんなに忙しくて、大変な日でも。それが二人の一日の始まりの合図。決して、欠か
せない習慣。
「ご馳走様」

「お粗末様」
 朝食を終え、そんな言葉を交わしあって、二人くすくす笑う。
「薬、そこにおいてるから。ユージィンの調合だ。ちゃんと飲まないと、祟るぜ」
「はぁい……」
 水差しからコップに水を入れてもらい、調合してもらった薬を飲む。「苦ぁい……」
「そう言われたら、こう言えって、言われた。『苦くしてるから、苦いんです』ってな」
「鬼だわ……」
 心配させた代償…にしても、大人げないと思う。
「アンジェ。今度の日曜、空いてるか?」
「……?」
 突然の言葉にきょとんとアリオスを見上げる。
「空いてるんなら…俺につきあえ。連れていきたい場所がある」
「連れていきたい場所……?」
「ああ。だから、それまでに風邪を治しとけよ」
「ん……」
 ベッドに寝かされると、毛布をかけられて、ポンポンと叩かれる。「あのね…アリオス……」
「どうした?」
「ありがとう……」
 微かな声にアリオスは微苦笑する。まだ、気遣っているらしい。
「バーカ」
「何で私が馬鹿なのよ……」
 今日は何度も言われている気がする。
「当たり前のことをされて、礼を言う奴がいるか」
「当たり前…のこと?」
「ああ」
 トレーを持って、出てゆくアリオスの背中を見つめながら、アンジェリークはアリオスの言葉を反芻する。鼓動が一つ、跳ね
上がる。

「おとなしく寝てろよ……」
 振り向きざまにその言葉だけを残すと、アリオスは部屋を出てゆく。
「当たり前のこと…かぁ……」
 呟いて、天井を見上げる。そして、小さく欠伸。
「眠……」
 薬の作用なのか、急激に来る眠り。それに逆らうことのできないまま、アンジェリークは眠りに落ちた。


 一方…階下では……。
「今日はおとなしく寝てるかな…あのこ……」
 お仕事前のお茶をのみながら、二階を見上げるジョヴァンニ。
「大丈夫ですよ。薬を飲んだ…と仰っていましたし」
 にっこりと言うユージィンの言葉に背中に寒いものが走る。
「一服…盛ったのか?」
「カーフェイ、人聞きの悪いことを言わないでください。調合の結果、速効性の睡眠効果が副作用に出るだけですから」
 それを一服盛ったと言わないのだろうか…誰もの心の中に芽生えた疑問であったが、口にするものはいなかった……。

ユージィン…いい性格……。しかし、今回の二人は書いてて砂を吐きそうになりました(笑)

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