雨の中を走る軽トラック。
「まったく……。何で、現場のない日だってのに、怪我するかね……」
 あきれた口調で助手席にいる相棒に冷たい視線を送るゲルハルト。この雨のため、現場の仕事ができなくて。資材の整理や、車の
点検をやっていたら、ウォルターが指をはさんでいつものごとく…である。

「いや、気をつけていたつもりなんだけど……」
「つもりだけなら、怪我はせん」
 きっぱりと言い切りながら、赤信号で車を止める。雨の日は特に運転を注意する必要がある。まぁ、ゲルハルトの運転が慎重と言う
のかといえば、そうではないけれど。

「あれ…あそこを歩いてるのアンジェリークじゃ……」
 ふと、窓の外を見ていたウォルターが雨の中、通りの向こうを歩く少女に目を止める。
「おう、本当だ」
 傘をさしていて、ハッキリと姿を捕えることができないはずだが、ゲルハルトもウォルターも目はいい。カーフェイ曰く、『頭が悪い分、
体が補おうとしている』だそうだ。

「アンジェリーク!」
 雨が降り注がない程度に窓を開け、大声で呼びかける。だが、振り返ることはない。
「聞こえねぇのかな……」
「まさか、おまえの声だし……」
 工事現場で培った病院内に響く声である。聞こえない方が不思議なくらいに。
「まぁ、姐さんにも何か都合があるんじゃねぇか、さ、病院に行くぞ」
 信号が変わったので、アクセルを踏むゲルハルト。軽快に車が発進した。

 窓の外ではまだ雨が降り続けている。絶えることのない雨音。そんな中、カインは裁判用の書類を見ている。
 コンコン。ノックの音。
「先生。あの、お約束はしてらっしゃらないんですが、キーファーと名乗る方がお見えになっていらして……。どういたしましょうか?」
「キーファーが?」
 書類を机に下ろす。キーファーがここに来るということは何かあったと言うことだ。おそらく、昼間に自分がアリオスに電話をしたことと
関係がある。

「こちらに通してくれ」
「……はい。わかりました」
 書類を引き出しに片づけると、カインは瞳を閉じる。キーファーの言いたいことは大体の想像が着くからだ。
(なぜ、わからぬのだろうな……)
 幸福の形は人それぞれに違い、それは自分で掴み取るもの。アリオスが選び、側に置いた少女。“二人”であることが当たり前すぎて、認めることが当然になっていたから。いまさら、違う形など、考えたこともない。
 アリオスの側で笑うアンジェリーク。アンジェリークと共に生きることを見出したアリオス。それが二人のカタチ。誰にも邪魔などできる
はずもないのだから。


「どうぞ」
 事務員はキーファーにお茶を出すと、すぐに出て行く。込み入った話の時には踏み込まない…これが鉄則である。
「……で、用件は?」
 彼の言わんとするところは判っているから、早めに切り上げようと、カインが話を切り出す。
「あの方に何か吹き込んだな」
「……おまえが影で動いていることを伝えただけだ」
「余計なことを……」
 舌打ちをするキーファー。
「余計なこと?」
「あの方があんな小さな医院で納まるような方ではないのは、おまえも判っているはずだ。あんな小娘と、得体の知れない連中と関わらずとも……」
「それがあの方が望んでいるとでも?」
「あの方にはそれだけの実力がある。元々、あの病院はあの御方が継がれるべきなのだ。何を血迷って、あんな小娘に肩入れなど……」
「それはおまえが望んでいることだろう? あの方自身のお考えではないはずだ」
 そう言い切ると、カインはキーファーを見据える。アンジェリークと出会い、レヴィアスという存在は変わったのだ。何もかもが虚無に包まれていた時に出会った小さな天使。その存在がレヴィアスをもう一度、現実と向かうことを選ばせた。アリオスと名乗ったのは、それまでの自分にケリをつけるためだ…、そう告げて。
「あの方は確かに変わったのだ。今をきちんと生きておられる。過去に捕われたおまえには判らないだろうがな」
「きいた風な口を……」
「本当のことだ」
 きっぱりとキーファーの言葉を打ち切る。キーファーの中の時間は変わっていないのだろうとカインは思う。だが、確実に周囲の時は
流れる。時の流れと共に、人は変わって行くのだ。そうであるからこそ、人は生きていける、カインはそう思っているから。

「おまえがどう動こうと、あの方自身が望まぬ限り、何も変わらない。まして、あの方は今の生活を楽しんでいる。それに…あの方が自分の
意志で戻ると思うのか? 自分の恋人を死に追いやった病院に。だからこそ、おまえは周囲に手回しをしたのではないのか」

「……」
「あの方はおまえではない。あの方にとっての価値あるものとおまえにとっての価値あるものとははるかに違う。その価値あるものの
中に、アンジェリークがいる。彼女がいたからこそ、今のあの方がいる」

「あんな小娘に……!」
「おまえにとっては何も持たぬ小娘でも、彼女は……」
 プルル…電子音に、会話を中断させられる。カインの携帯の着信音。カインはキーファーを無視し、電話に出る。
「はい。……いや、こちらには……」
 声を押さえて話しているせいで、キーファーには会話が掴めない。
「……こちらに来たら、連絡を入れさせます。私も今は手が空いてますから。いや、お気遣いなく」
 会話が終わり、電話を切ると、カインは大きく溜め息を吐く。
「キーファー。つきあってもらうぞ」
「何の話だ?」
「アンジェリークがいなくなったらしい。ここに来ていないか…と連絡があったんでな」
 そう言うなり、カインは応接室を出て、事務員の女性と何やら話し込んでしまう。
(なぜ、あのような小娘に……)
 何も持たない平凡な小娘…それがキーファーが調べたアンジェリークのすべて。それなのに、彼女を中心にすべて動いている。それが
なぜなのか…理解できないし、する気も起こらない。苛立たしさがキーファーを支配していた。

「今から、アンジェリークをさがしに行く。行きそうな場所はいくつか聞いているからな。あの方と手分けする」
「なぜ、私が……」
「おまえに原因がないわけがないだろう?」
 きっぱりと言い切って、鋭い視線を向ける。
「大体、小娘一人いなくなったくらいで、何故大騒ぎする必要がある。
大方、友人のところにでも転がり込んでいるに違いないのに」
 だが、キーファーの言葉にカインはゆっくりと首を振る。
「アンジェリークは、あの方と喧嘩するたびにここに来ていた。あの方はいつもここに迎えに来ていた」
 必ず見つかる隠れんぼ、それがアンジェリークの家出なのだ。鬼はアリオス。隠れる場所は一つだけ。
「それがどうした?」
「いつも…ここにだ。彼女には友達も多い。だが、必ずここに来ていた。その意味が判るか?」
「判ってどうしろ…と言うんだ?」
 カインの言葉に何の意味があるのか。そして、何故、今、関係があるのか。
「あの方が迎えに来ることを知っているから、アンジェリークはここに来る。そして、彼女がここにいるのを知っているから、あの方はここに
迎えに来る。何も言わなくても…だ」

「それがどうした?」
「ならば、判ってもらうまでだ」
 強引にキーファーを引っ張って行く。
「先生、お気をつけて」
「ああ……」
 事情を理解した事務員が声をかけ、見送る。やがて、事務所の外で車の発進音が聞こえた。

 久々に出てきたなぁ、あの二人。好きなんだけど、病院のメンバーが話のメインになるもんね……。カインのセリフの意味は
キリ番リクエストで書いた話を読めば、おわかりになるかと思います。一応、伏線だったんだもん。

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