言いたいことを言って、応接室を出ようとするアリオスを不安げに見つめる事務員たち。その視線を無視し、すたすたと病院を出て、
駐車場へ向かう。

 昨日から降り続けている雨は止む気配がない。むしろ、更に強くなっているようだ。
「嫌な空だな……」
 空はまだ暗い。重く暗い雲。
「早く戻るか……」
 ようやく気づいた自分自身の中にある感情。不安にかられて、迷っている少女の元に届けるために……。


 コンコン。遠慮がちのノックの音にアンジェリークは瞳を開ける。時計を見ると、午後二時ごろ。ずいぶん、眠っていたようだ。
「ア…アンジェ、起きてる?」
「ルノー? うん、起きてる。開けてもいいわよ」
「う…うん」
 遠慮がちに入ってくるルノーにアンジェリークは笑顔で応じる。
「あ、あの…駅前のケーキ屋のプリン買って来たんだけど……。た、食べる……?」
「ルノーが買ってきてくれたの?」
 人見知りが激しいこの少年が外でわざわざ買ってきてくれたのだ。断ることなどできるはずがない。
「う…うん。ショナも着いてきてくれたけど……」
「嬉しい。ありがとう、ルノー」
「そ、そう?」
 朝に比べると、だいぶ顔色が良くなっているのにルノーはほっと溜め息を吐く。
「美味しい。ここのプリンは最高だよね」
「喜んでもらって…う、嬉しいよ」
「うん」
 美味しそうにプリンを食べるアンジェリークにルノーも嬉しそうに笑う。
「あ…あのね。アンジェ」
「なに?」
「あの…先生と何かあったの……?」
「……」
 途端に俯いてしまうアンジェリークにルノーは慌ててしまう。
「ご、ごめんね。あ、あの……」
 泣きそうな顔まで見せられてしまうとアンジェリークは顔を上げて、ルノーの頭を優しく撫でてやる。
「ごめんね……。心配かけちゃったね……」
 今朝の自分の様子のことを心配して、言ってくれているのだろう。傷つきやすいのはこの少年なのに、自分のことで胸を痛ませて
しまうのは気が引ける。

「何でもないの。だから……」
 その言葉にルノーは首を振る。
「だ、だって、アンジェ…元気ない……。何でもなくない……」
「ルノー……」
「か、風邪のせいなんかじゃなくて……。僕はアンジェと先生が二人でいるところが好き…だから…いつもと違うのは嫌……」
「……いつまでも一緒にはいられないのよ。いつか…私がここを出ていくことになるの……」
「ど、どうして? アンジェは先生のこと嫌いなの?」
「ルノー……」
 ルノーの言葉に一瞬息を呑む。
「違うよね? せ、先生とアンジェ…二人はすごく自然だよ。僕だけじゃないよ。みんなそう思ってる」
「……ご馳走様」
 がチャリ…とプリンの器とスプーンをトレイに置く。
「美味しかった。ルノー。やっぱり、あそこのプリンは美味しいね♪」
「アンジェ……」
「薬飲んだら、また寝なきゃね」
「う、うん……。あ、あの。ごめんね、僕……」
 泣きそうな顔になるルノーの頭をアンジェリークは優しく撫でる。
「ううん、ルノーは謝らなくていいの。甘いものって、不思議ねぇ。心がほっとするの。それとも、ルノーの優しさだからかなぁ……」
「……」
 無理に作った笑顔だ…とルノーは思う。だが、自分ではどうすることもできないのだ。
「じゃ、じゃあ、僕、片づけるから」
「ありがとう、ルノー……」
 トレイを持って去って行くルノーにアンジェリークは声をかける。がチャリと無機質にドアが閉めると、ルノーは深い溜め息を吐く。
「どうした、坊主。浮かない顔して。保護者が心配するぜ」
「カーフェイ……」
「あの二人のことはあの二人でないと解決できないこともある。それはわかるな?」
「……うん」
「ジョヴァンニじゃねぇけど…俺もガラじゃねぇなあ……」
 苦笑しながら、煙草に火を点ける
「でも…ぼ、僕。知っててほしかった。みんな、先生とアンジェのこと、大好きだって……。カーフェイもでしょ?」
「そうでなきゃ、ここにはいねぇよ」
「そ、そうだよね」
 初めてユージィンにつれられて、ここに来たときは余りにも個性的な面々におびえてしまったけれど。段々と気心が知れてきて。
他人と接することがいつしか怖くなくなった。ここは大切な場所。だれ一人欠けても、いいはずがない。まして、それがアンジェリーク
なら、なおさらだ。

「早く、アンジェが元気になるといいね……」
 そうしたら、すべてがうまくいく気がするから。
「そうだな…雨が上がればな……」
 降り続ける雨は今の二人のようで。だが、止まない雨などない。いつしか、青空が広がり、太陽が見えるはずだから……。


「雨…止まないなぁ……」
 昨日のようなどしゃぶりとまでは行かないが、雨足が今朝より強くなっている。
「みんなに心配かけちゃってるのよね…私……」
 アリオスだけでなく、みんなにまで迷惑をかけている…そう思うと、自分が情けなくなってくる。
「早く…治さなきゃ……」
 ベッドに横たわりながら、アンジェリークはつぶやく。午前中、眠っていたせいで、それほど眠くはないが。風邪には休息が必要な
ことはわかっているから。無理矢理にでも、目をつぶって、眠ろうとする。
だが……。
 不意に、空に光が一閃する。
「や…やだ……」
 反射的に耳を押さえる。次に聞こえてくるのは紛れもない号音。
「……!」
 震えながら、自分の体を抱きしめる。雨はまだ止むことはなくて。号音も繰り返されていて。
「怖い…アリオス……」
 いても立ってもいられなくて、起き上がる。次にいつ鳴るのか、怯えながら。足が震えている。
「アリオス…来てくれないの……?」
 いつもなら、この時間はいるはずなのに。
「アリオス…どこ……?」
 泣きそうになりながら、アンジェリークは未だに怯えを雷に対して、恐怖を捨て切れない自分を守ってくれるはずの存在の名を呼ぶ。
それは無意識の行動。

 光がまた空を引き裂く。
「やだ!」
 床にしゃがみこむ。光と号音がアンジェリークを追いつめて行く。「怖いよ、アリオス……」
 冷や汗が流れる。風邪のために弱った身体と精神的に不安定なことがいつもよりもアンジェリークを不安定にさせていて。
「……」
 震えながら、アンジェリークはうずくまる。限りもない不安と孤独感を抱え込んだまま……。


 空を一閃する光にアリオスは溜め息を吐く。
「おいおい……」
 今頃、震えているはずの存在を思い出し、アリオスは溜め息を吐く。こういう日に限って、道が混んでいるのだ。
「アンジェリーク……」
 眠っていればいいのだが…と思う。
「起きてても、あいつらがいる…か……」
 そうは思いながらも、アクセルを踏む足に自然と力が入った。

 さて、書きたいシーンに近づいてきました。そのシーンを書きたいがために、ここまでがあったのです。でも、近づいてはいたものの、
そのシーンまでの道はまだ先……。

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