それなりに静かな住宅街の中に、その家はあった。病院と住宅を併せ持ったその家の 敷地は
そこそこに広く、色とりどりの花が咲いた庭が人目を魅く。そこが彼らの『家』
であった。

 ぱたぱた。早朝から聞こえる少女の走り回る音。洗濯機はまわり、掃除機の音が響いて くる。
その音に、青年は目を覚ます。

「朝…か……」
 ベッドから起き上がると、青年は手近にあるシャツを羽織り、浴室に向かう。シャワー の熱い湯が
青年を嫌がおうでも覚醒させる。


 一方、台所では。トントントン。何かを刻むリズム音。コーヒーの香りが漂い始める。 トースター
からは香ばしく焼けたトースト。

「おっす……」
 シャワーを浴びた青年が入ってくると、朝食の用意をしていた少女は満面の笑顔で振り 返る。
栗色の髪には黄色いリボン。制服の上にシンプルなエプロンという出で立ち。

「おはよう、アリオス」
 椅子に座ったアリオスにコーヒーを出す。
「サンキュ、アンジェ。」
 あの雨の日の出会いから何年かたって。アンジェリークは高校生になっていた。アリ オスは開
業医として、働いている。その間、彼らの朝はいつもと同じリズムで刻まれて
いる。
「はい、朝ごはん」
「ん……」
 スクランブルエッグにサラダ。香ばしいトースト。食欲を誘う香りのスープ。こうして、 二人で
テーブルに着くのが毎日の習慣。もっとも、アリオスが開業医としてこの病院を開
いてからは、
少し変わってしまったところがあるのだが。

 ピンポーン。チャイムがなる音ともに、ガチャリと開けられるドア。
「お…おはようございます……」
「……おはよう」
 その声とともに入ってくる少年が二人。
「おはよう、ルノー、ショナ。待っててね、紅茶入れるから」
「あ…お構いなく……」
 二人の少年はこの病院で働いている。ルノーは事務担当。ショナはレントゲン技士で ある。
この医院ではアリオスは内科担当ではあるが、外科医もなぜかいるのである。

「おはようございまーす」
「おはよう、ジョヴァンニ。相変わらず、派手なスーツ来て。今日も、デート?」
 きらびやかなスーツに、華美すぎない程度のアクセサリー。甘い香水の香り。一見… 美人な
この人物は実は男性なのである。

「あ…あんまり、だましたら…かわいそうなんじゃ……」
「うるさいな、ルノーは。だましているわけじゃないよ。このカッコしてたら、勝手に 声かけてきて、
美味しいもの食べさせてくれるんだしね。女の子って、得だよね、アン
ジェ……」
 自分に話題を振られても困るアンジェリークで。にっこりと笑ってごまかして、 紅茶を入れる。
(これで…優秀な看護士なんだもんね……。)
 そう、ジョヴァンニはちゃんと免許も持ってる看護士なのである。女装は趣味である らしいが、
看護婦の格好をして、仕事をする看護士は彼くらいなものだろう。彼を女性
だと信じ、この医院に
行脚する若者も多いと聞く。

「あ…そろそろ、こんな時間だわ。行かなきゃ……。」
 ふと、時計を見ると、八時を少し過ぎている。歩いて十五分のところに学校があるが、 遅刻は
まずい。

「が、学校は楽しい……?」
 ルノーの言葉にアンジェリークは笑顔で答える。
「うん。楽しいわ。うちの学校が女子高でなければ、ルノーも通えるのにね」
「ううん、そ、そんな意味で言ったんじゃないよ。」
 ルノーは学校になじめず、ほとんど通わないままに卒業したらしい。独学で医療事務の 資格を
取って、この医院で働いている。アンジェリークは大学は一緒に行こう…と、
ルノーに言っている。
「学校がそんなにいいものかは分からないけどね……。」
 そう言いながらも、ショナはよくルノーの勉強の面倒を見ているらしい。彼の場合、 頭が良過ぎて、
学校生活がつまらなくて、学校になじめなかったと言う。

「お昼は冷蔵庫の中に入ってるからね。じゃ、言ってきまーす」
 そういうと、ぱたぱたと出ていくアンジェリーク。いつもの朝の光景である。
「忙しい子だよね……。」
「でも…元気でいい子だと思うよ……。」
 ショナの言葉に使った食器を流しにつけながら答えるルノー。病院の開始は九時から なのだが、
朝は朝で準備があるので、この時間に来ているのである。それゆえに、ここで
朝のお茶をご馳走
になるのは彼らの習慣となってしまっているのである。


 ガチャリ。家の鍵を閉めてから、外に出ると、こちらに向かってくる人影を見つけ、 声をかける。
「おはよう、ユージィン。カーフェイ。」
「ああ、おはようございます。」
「無駄に元気だな、相変わらず。」
 慇懃無礼な挨拶はユージィン。皮肉気な口調はカーフェイ。ユージィンは薬剤師をして いる。
穏やかな顔つきだが、怒らせるとどんな薬を調合されるか分からない…そんな人物
である。カー
フェイのは人を切るのが好き…そんな理由で外科医になったと言う何かが
違っているとアンジェ
リークは思うが、ちゃんと働いている様子なので文句も言えない。

「珍しいね、二人一緒だなんて。」
「好きで一緒になったわけではありませんよ……。」
 どうもあまり仲がよろしくないらしい。と言うのも、ユージィンはアリオスに心酔して いて、アリオスに
対して、あまり態度の良くないカーフェイに苛立っているという。

「これから学校か?」
「うん。じゃ。」
 そう言って、駆けてゆくアンジェリーク。急がないと遅刻してしまう。それを見送ると、
二人は会話もなく、病院に入っていった。

今回は病院スタッフ全員出演です。アリオスとアンジェも長年連れ添った夫婦だよ。これ

|| <BACK> ||  <NEXT> ||