いつものように授業が終わると、アンジェリークは夕食の買い出しのために、駅前の商店街に向かう道を歩いてゆく。
「今日はお魚が安いのよね……」
朝にしっかりとスーパーのチラシをチェックしている自分が所帯染みていると思わなくもないが、生活をしている限り、
仕方のないことだと思っているので、深くは気にしていない。
「……?」
不意に視線を感じて、アンジェリークは振り返る。
「誰……?」
振り向いた先にはスーツ姿の男がいた。スーツは結構いいものを着ている。
(この人…確か、レイチェルの入院してた病院の人……)
レイチェルが退院する時に自分を見ていた人物であることを思い出して、自然と顔が強ばる。まるで値踏みするように
見られて、気分が悪かったのだ。
「アンジェリーク…さんですね」
「確かにそうだけど。初対面の相手にはそっちがまず名乗るのが筋じゃないの?」
きっぱりと言い切るアンジェリークに男はククク…と喉の奥で笑う。
「なるほど…聞きしに勝る気の強さだ……」
その言葉にアンジェリークはむっとする。あまり面識のない相手にそのような態度をとられる覚えはない。
「何よ。用が無いのなら、私、行くとこあるから」
そう言って、踵を返そうとするアンジェリーク。
「ああ、すみません。そのようなつもりはなかったのですが。私の名はキーファー。あなたに大事なお話があったのです
がね……。お時間をいただけますか?」
「生憎だけど。『知らない相手には着いていっちゃいけない』って言われてるから」
怪しい人には特にね…と心の中で呟いて、そのまま行こうとするアンジェリークの前にキーファーは立ち塞がる。
「何? 大声出すわよ」
「その言葉はあなたの育ての親に言われたものですか? それとも、本当のご両親に?」
「あなた、いったい……?」
自分のことをどこまで知っているのか…と身構えるアンジェリークにキーファーは何かを含んだ笑みを浮かべている。
「あなたの育ての親であるあの方をよく知るものです。あなたの知らないあの方の過去を…ね……」
「アリオスの……?」
「アリオス……? ああ、そうか。あの方はあなたにはそう名乗っているのですね。忘れていましたよ」
「どういうこと?」
怪訝そうな顔をしてキーファーを見つめるアンジェリーク。彼はアリオスの何を知っているのだと言うのか。
「知りたければ…次の日曜日にこの場所に来てください。お待ちしてますよ」
懐からメモを取り出して、アンジェリークに手渡すと、キーファーはそのまま立ち去ってしまう。
「アリオスの過去……?」
呆然と見送るアンジェリーク。その姿をチラリとキーファーは見ると、満足そうに微笑む。
(彼の者たちはあの方の意志でない限りは動かないと言った。結局はあの小娘次第でどうとでもなるということだ……)
キーファーにとっては、アンジェリークなどただの小娘に過ぎない。彼の真に仕えるべき者に相応しくさえないとすら
思っているのだから。カインや他のものたちがアンジェリークを好ましく思っていることを不思議にすら思う。
(まぁ、いい。あの方の真に進むべき道を指し示しているのはこの私なのだ……)
それは迷いのない瞳。だが…果てしもなく昏い色に染まっていた。
(何だったんだろう…あの人……)
渡されたメモが妙に重く感じられる。
(アリオスの過去って……?)
アンジェリークはアリオスの昔のことは実際はあまりよく知らない。あの雨の日の出会い以前のことはアリオスは一切
話さなかったし、アンジェリークも聞こうとはしなかった。興味がなかったわけではない。だが…アリオスが話さない限り、
聞いてはいけないと心のどこかで思っていた。
(カインなら…何か知ってるかしら……?)
カインはアリオスの旧い知人である。アリオスに直接聞けなくても、カインの口から聞けるかも知れない。何も情報が
ない状態でキーファーに会うのは危険すぎる…それは勘のようなもの。
「あ…やだ、こんな時間……」
腕時計を見ると、タイムサービスの時間。アンジェリークは頭を切り替えて、スーパーまで足を急がせた。だが、その
心の闇はけっして晴れることはなかった……。
さて、動き出しましたね。次には人気の高いカインが出てきます。いや、ほんと、あの人、人気あるし。美味しいとこ、
持っていけるかなぁ…。いや、メインはやっぱり、アリオス・アンジェだしね。