心半分ここにあらずと言った感じで、一日が過ぎて。
「じゃあね、夏実」
「松川さんによろしくね」
 最後の授業が終わって、教室を飛び出さん勢いで出て行くときにも、友人への挨拶は欠かさない。そんなむぎの姿を夏実は微笑ましく見送った。
 後者を出て、校門に向かっていくと……。
「依織くん?」
 校門の前では依織がマキシモ号の頭を撫でている光景が目に入って。
「やあ、むぎ」
 にこやかに微笑んでマキシモ号から手を離す依織。
「鈴原さんをお迎えに来られたそうですよ」
 瀬戸口が微笑ましそうに言ってくれるのが何だか恥ずかしいむぎである。
「行こう、むぎ」
 真っ赤になるむぎを引き寄せて、庵は泊めてあった自分の車に向かう。もちろん、ここは校門前で。帰宅途中の生徒たちの注目の的になってることは言うまでもなく。後日の学園内での自分へのうわさがどうなっているかがとても気になるむぎなのであった。


 駅のコインロッカーに荷物を預けているということを告げると、依織は駅まで向かってくれて。
「着替えたいんだけど……」
「いいよ。そのままで。買い物に行ってから、食事にしよう」
「え〜」
 抗議しようとはするが、運転中の依織を邪魔するわけにはいかないと思い、自然とトーンが落ちてしまう。車の事故は怖い。だから、運転する人の集中を乱してはいけないよ…とくるまを運転する父親に言われていたから。
 結局、その後は服だのバッグだのを買ってもらい、車の中で手早くメイクしてもらって、食事場所であるレストラン向かう羽目になった。
「着替え、持ってきたのに……」
「僕の誕生日をお祝いするためなんだから、我侭も聞いて欲しいな」
「もぅ……」
 そんなことを言われたら、逆らえないことを知っている。依織はちょっと意地悪だと思いながらも、真っ赤になってうつむくしかできないむぎなのであった。
「ご機嫌を直してもらえないと困るのだけれど、お姫様」
「困ってればいいんだよ」
 たまには拗ねていたって罰は当たらないとばかりに、むぎだって負けてはいないのだ。
「困ったね。君の作ってくれる料理には及ばないけれど、ここの料理は美味しいからと思って連れてきたのに。味わってもらえないのは悲しいな」
「……依織くん、恥ずかしいからやめて」
 どう考えても、家庭料理しか作れないむぎの料理とちゃんとしたレストランであるこの店の料理を比較するまでもなく、後者の方が絶品なことは言うまでもない。
「じゃあ、ちゃんと味わって?」
 柔らかな笑顔。この人はずいぶんと優しくて甘い人で、時々厳しくて切ない人だと恋愛前から思っていた。(もっとも、同居人に言わせると、それはむぎの前だけであって、自分たち男には容赦がないらしいとのことだが)
「ごちそうさま」
「ああ、おいしかったね」
 デザートもしっかり美味しくいただいて、駐車場まで手をつないで歩いていく。普段は恥ずかしがるむぎも特別だから…という思いなのである。後数時間後には依織の誕生日で。一日限定の奥さんになるのだから。それまでの間の時間は恋人として、甘い時間もすごしてみたい。
「依織くん、スーパーに寄ってくれる? 明日のご飯の準備しないと……」
「食べに行ってもいいんだよ?」
「駄目だよ。依織くんのお誕生日だもん。あたしのお母さんはお父さんのお誕生日にはお赤飯炊いて、お父さんの好きなご飯作ってお祝いしたんだよ? 鈴原家は家族のお誕生日にはお赤飯なの。だから、小豆ともち米持ってきたんだもん……」
 着替えとは別に用意した荷物。小豆は今から水に戻す必要がある。魔法瓶の中にお湯と共につけておけば、明日には小豆がちょうどいい具合になっているはずだ。後は依織の好きなおかずを作るだけだ。
「そっか……。そういうものかもしれないね……」
 両方の家の文化が混じって、また新しい家の文化になる。そんなことを暗に言っていることに気づいていないであろうむぎに、愛しさを隠しきれない依織であった。



 買い物を終えて、ようやく依織の住むマンションにたどり着いたのは午後も10時を過ぎていた。むぎは先に依織に風呂に入ってもらい、その間に小豆やもち米を水につけたり、買ってきたものを冷蔵庫に入れたり、明日の食事の下ごしらえを手早くやってのける。
「お母さんもこんな気分だったのかなぁ……」
 家族の誕生日前日に忙しく働いていた母親は楽しそうだった。家族が喜ぶ顔に嬉しそうに笑っていた。母の気持ちが今なら何となくわかる気がする。大好きな人が喜んでくれることがこんなにも幸せなのだ。
「何を思い出しているの?」
「依織くん?」
 背後から、不意に抱きしめられて、耳元に囁かれる。むぎはその腕に自分の手をそっと重ねた。
「お母さんのこと。明日の準備してたらね、お母さんもこんな気持ちだったのかなぁって」
「どんな気持ち?」
「大好きな人が喜んでくれるのを想像するの。そしたらね、すごくうきうきするの」
「そう……」
 後ろから抱きしめられているから、むぎには依織の表情は伺えない。けれど、その優しい声で喜んでくれることがわかった。そして、それがひどく嬉しくて……。
「あたし、お風呂に入ってくる。待っててね……」
「ああ……」
 腕を外され、振り返れば、この間に買ったペアのパジャマを依織は身にまとっていた。どきどきと鼓動を上げる胸に戸惑いながらも、むぎはにっこりと微笑んで。
「じゃあ、入ってくる」
 鼓動がなりすぎて、死んでしまいそうな錯覚に陥りながらも、むぎは浴室に向かった。

ようやく、次から、新婚生活に……。すみません……orz

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