夜も更けてくると、おのおのの部屋に戻ってゆく。ゲルハルトが言うところの[新入り]のアンジェリークも例外ではない。レヴィアスが
命じて、部屋を用意させているのだから。
「〜」
 うとうとと何度も船を漕いでは、そのたびにレヴィアスにしがみつく。いい加減、夜も遅い時間。目も虚ろでぼんやりとしている。
「親分、そろそろ寝かせた方がいいですぜ。これくらいのちっちゃな子は寝るのも立派な仕事ですし」
「そういうものなのか?」
 ゲルハルトの進言に首を傾げる。身近に小さな子供のいる生活などしたことがないので、そのあたりはよく判らない。もっとも、彼が嘘を
つける人間でないことは判ってはいるので、本当のことなのだろう。
「寝る子は育つ、だね」
「そうそう」
 はたして、その諺が天使にも当て嵌まるのかと聞かれたら、全くもって謎なのだが、明らかに眠そうにしているのを無理に起こしたまま
なのも可哀相だ。
「眠いのか? アンジェリーク」
「〜」
 コクコクと頷きながらも、やはり眠いのか、目をしきりに擦っている。
「眠ってもいいのだぞ」
 そう言って、何度も優しく頭をなでてやると、不意にコトンとレヴィアスに倒れ込んでしまう。
「アンジェリーク?」
 声を掛けても、スヤスヤと安らかに寝息を立てて、眠っている。かなり眠かったらしい。
「このままでは風邪をひいてしまいますし、部屋にお連れしましょうか?」
 そう言って、カインがアンジェリークを受け取ろうとするが、レヴィアスは離そうとしない。
「ウォルター、アンジェリークのベッドを持って来い」
「えっと、あの籠の方ですね。わっかりました!」
 ひとっ走りの言葉通りにダッシュで出て行ってしまう。しばらくすると、籠にふわふわのクッションを敷き詰めたアンジェリークのベッドが
運ばれて来る。
「はい、お待ち!」
 部屋中に響く大声にレヴィアスは形のいい眉をしかめる。
「ウォルター、あまり大声を出すな。アンジェリークが目を覚ましてしまう」
「…っと、すみません。そーっと……」
 レヴィアスに鋭い視線で睨まれ、蛇に睨まれた蛙のようにおとなしくなるウォルター。そっと、レヴィアスの前に籠を置く。
「ふむ……」
 しばらくベッドと睨めっこをしていたが、アンジェリークをそこに寝かせて、毛布を掛けてやる。
「では、我も部屋に戻ろう……」
 そう言って、ベッドがわりの籠を持って行こうとするレヴィアス。
「レヴィアス様、お待ちください!」
「なんだ、キーファー?」
「それをどうなさるつもりなのですか?」
 キーファーの言葉にレヴィアスは籠入りの天使とキーファーを見比べた。
「アンジェリークを我の部屋に運ぶのだが……。見て判らぬのか?」
「それは言われなくても判ります!」
 まるで、コントのような会話だが、当人たちは真面目だから、なおさら笑える。笑える勇気があれば、の話だが。
「私がお聞きしたいのはどういうおつもりかということです。その者には部屋を与えているのですし、そこまでなさらずともよろしいかと」
「目が覚めたら、見知らぬ部屋だったら、アンジェリークが不安になる。せめて、我がいてやらねば」
 きっぱりと言い切るレヴィアスに頭を抱えたくなるのは参謀だけではない。
「ならば、ルノーにも懐き始めたようですし、ルノーに任せればよろしいでしょう? 世話役も彼なのですし、何もレヴィアス様、御自らが
……」
「え……」
 自分に話題が振られて、ルノーは身を竦める。キーファーに対して、苦手意識が働いているためらしい。
「待て、キーファー……」
 見兼ねたカインが口を挟もうとするが、それより先にレヴィアスが動いた。
「ルノー」
「は、はい?!」
 目の前に立たれ、反射的に直立不動。
「おまえにはこの屋敷に我がいない間のアンジェリークの世話を任せた。そのことには相違ないな?」
「あ、そ、そうです……」
 ルノーからその答えを引き出すと満足げに頷いて、レヴィアスはキーファーに向き直る。
「そういうわけだ。我がいる時は我がアンジェリークの傍にいることは当然ではないか」
 ごく自然にそう言われてしまうと、そういうものかと納得しそうになる。
「ですが、そのような子供にお手を煩わすとも……」
 キーファーの言葉もレヴィアスには届かない。かわりに……。
「〜?」
 眠そうな顔で、アンジェリークがむくりと起き上がる。その表情が少し不機嫌そうに見えるのは、眠りを邪魔されたためか。
「ああ、起こしてしまったようだな。すまぬ……」
 そう言いながら、何度もあやすように頭を撫でてやると、小さな天使は再び夢の中に。すっかり扱いに慣れたようで、かなり手慣れて
きている。
「ウォルターに言ったことをお前は理解できなかったのか?」
 冷ややか過ぎる程の視線の奥には怒りと苛立ちが合い混ざっている。背筋を走る冷たい汗に思わずキーファーは絶句し、後ずさる。
逆鱗に触れるという事はまさしくこのことをさしているのだろう。
「では、我は部屋に戻る。これ以上下らぬ話に付き合わせるな」
 そう告げると、籠入りの天使を連れて、今度こそレヴィアスは部屋に戻ってしまった。後に残された部下達はただ呆然とレヴィアスのを
見送る事しかできない。何を言ってもレヴィアスを怒らせることにしかならないのだから。
「結局、独占欲が強いだけだよね〜。ま、ラブラブだけど?」
 後に残されたジョヴァンニの言葉に笑える筈がなく。複雑な顔をするのは常識のかけらを一つでも持っていたら、当然の反応だろう。
「まぁ、何の趣味や楽しみってのがないと、人生は潤わねえしな。それが子育てってのも面白いかもな」
 ゲルハルトの言葉に、あれは子育てではなく溺愛なのだと思いつつ、カインには口を開く気力すらない。
「あの部屋を作った意味ってあるの……?」
 ボソリ、と呟いたショナの言葉に彼らの脳裏にアンジェリークのために用意した部屋が脳裏に浮かぶ。アンジェリークに気に入られる
ようにと、一生懸命ショナは考えた。レヴィアスのにらまれないように、と大人達も協力した。その努力は無駄になろうとしているのかも
しれない。だが、ショナのその言葉に答えを出そうとする者はいない。そして、それは何よりも雄弁な答えであったことはいうまでもない
ことだった。

結局はこうなるんだな……。ふぅ……。


‖<Angel Days>‖ <15> ‖ <17> ||