結局、夕暮れ時まで、レヴィアスとアンジェリークは庭にいた。屋敷の者はレヴィアスが庭にいる間は外には出ない。一人で行動する
のは危険な場合もあるが、この館には万全のセキュリティを施している。蟻の子一匹すら入れないらしい。それだけの自信のあるもの
だった。
 アンジェリークがこのセキュリティに引っかからなかった事をキーファーが危惧したのはそのためだ。だが、それも天使だからといえば、
納得できる話。天使の存在自体を疑えば、きりがない。現実は現実であり、セキュリティを見直す機会だと捕らえればいいとは、ショナの
意見。きわめて、前向きかつ現実的な意見であった。
「レヴィアス様、お食事ができました〜」
 ゲルハルトの呼ぶ声。
「ああ、もうそんな時間か。アンジェリーク。屋敷に戻るぞ」
 小さな天使をその腕に抱きかかえて、レヴィアスは屋敷に戻った。
 食卓にはレヴィアスの分の食事が並べられている。大財閥の総裁でありながら、レヴィアスの食事は質素なものだった。贅を尽くした
だけの料理は格式ばっているだけでろくな味がしないし、味わうべき価値もないというのが、彼の持論らしい。そう思っているらしい。実際、
食べ飽きてきていると言う事もある。それを健康のためと料理人たちにカインが言いくるめてきていた。
「アンジェリークの分はないのか?」
 自分の分の食事だけなのに、途端に気分を害するレヴィアス。
「すみません。子供用の椅子が手配できなかったので……」
 ここでいう子供用の椅子とは、ファミリーレストラン等にある赤ん坊用の椅子の事。この屋敷にはそういうものはなく、あまりその手の
店に行かない彼らはそれに対する発想が浮かばなかったらしい。
「では、アンジェリークの食事は?」
「一応は用意させていますが……」
 いくら、アンジェリークとは言え、レヴィアスと同じ食卓と言うのはさすがに気が引けるので、部下たちが食事をとる部屋でルノーが食べ
させる手はずだった。そこでなら、何の気兼ねもないからと判断しての事。
「ならば、持ってこい」
「は?」
「聞こえなかったのか? 我は持ってこいと命じたのだ」
 威圧感のある声に部下達は身を竦ませる。アンジェリークだけがことの状況を理解できず、きょとんと首を傾げる。ツンツン…と、レヴィ
アスの服の裾を掴見、状況を尋ねようとする。
「おまえは気にすることはない……」
 アンジェリークに対しては、あくまでも優しく、穏やかに愛情を注いで。その栗色の髪を撫でてやりもするのだ。
「あそこまで、態度が違うと、いっそすがすがしいかもな」
「僕もそう思う……」
 目の前の光景を見て、そういうしかないカーフェイとショナ。ある意味、一番現実的な二人である。本当にアンジェリークを愛しく思って
いるのだと思えば、強引に納得できない事はないかもしれない、そう言い聞かせているのかもしれない。
「で、ですが、椅子が……」
「何のために頭があるのだ? ルノー、クッションをいくつか持ってこい」
 レヴィアスの言葉に従い、ルノーはクッションを取りにダッシュする。しばらくすると、羽毛が使われたふわふわのクッションがいくつも
持ってこられた。
「それをアンジェリークが座ってちょうどいい高さまで椅子に載せろ」
「は、はい!」
 ふわふわのクッションをいくつか載せてから、アンジェリークを座らせる。ちょうどいい高さになった事を確認すると、彼らは安堵のため
息を漏らした。
 野菜のサラダとオレンジジュース。ふわふわの蒸しケーキ。コンソメらしい色もスープ。
「……それは食事か?」
 どう見ても、軽食、スープがなければおやつの範疇である。
「て、天使だから。動物性のたんぱく質はまずいと思って……」
 肩をすくめて、説明するルノー。彼なりに気を使った結果らしい。言われてみれば、確かに一理はあるのだが。
「コンソメはいいのか?」
 コンソメスープの材料には肉の骨も使っているはずである。あれも立派な動物性のたんぱく質のはずである。
 「あ、これは海藻から作ったスープだって、ゲ、ゲルハルトが作り方を教えてくれて……」
 救いを求めるようにゲルハルトに視線を向けるルノー。
「親分、本当ですぜ。昆布でとっただしなんでね。澄し汁ってんです」
 元は海の男であったゲルハルトは海産物を使った食事は以外に得意であったのだ。
「とりあえず、今日は急なことでしたから、思いつく料理で作れるものを用意したんです。動物性たんぱく質を使わない食事があまり
思い出せませんでしたから。肉や魚だけではなく、卵や牛乳、バターも。動物の身体から得られたものは何一つ使っていませんから、
安心して食べていただけるかと思います」
 カインがフォローの言葉を入れる。実際、乳製品なら、動物の命を奪っているわけではないのだから、問題はないと思うが、念のことを
考えて。
 「明日からはレシピを色々手に入れますので……」
「それは、我にではなく、アンジェリークに言う言葉であろう?」
「はぁ……」
 レヴィアスの指摘にため息をつくしかない。レヴィアスにしてみれば、食べるのはアンジェリークなのだから、まずはアンジェリークに聞く
べき事なのだから。
「アンジェリーク。食事はこれでいいですか?」
 そうカインが尋ねると、アンジェリークはにっこりと頷く。それにホッと カインは安堵のため息をついた。


気を使うよねぇ……。一番は精進料理なんだろうね。うん。


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