「何だ、これは――」
 信じられないものを見たという瞳でレヴィアスは宙に浮くそれをまじまじと見つめた。
 そこには赤ん坊らしき大きさの人間が浮かんでいた。いや、正確に言うと、人間ではない。その背には小さいながらに、紛れも
なく白い翼がある。パタパタと羽ばたいて、宙に浮かんでいる。この姿を見て、連想するものといえば一つしかない。
「天使…か……?」
 それはあくまでも、想像上の存在でしかないと思いつつも、口にしてみれば、納得ができてしまう。天使につきものの金の輪は
ないが、そういう種類のものもいるのかもしれないと思えば、納得はできるのだし。レヴィアスはその存在を確認してみる。
 羽ばたいてはいるが、瞳は閉ざされたまま。まだ、目覚めていないらしい。
「眠ったまま飛べるとは便利な生き物なのだな……」
 はっきりいっ(しかし、どうしたものか……)
 このまま、浮かばせたままでいるべきか、手にとるべきか。危険ではない、そう思う。直感だが、自信はある。昔から、この手の
直感はあたる方だったのだ。今の部下達もその勘で選んできたから、間違いはない。
 そっと、手と伸ばしてみる。触れてみると、思った以上に暖かい。
「……」
 ふいにパチリ、とそれが瞳を開く。大きな翡翠の色の瞳がぼんやりと周囲を見回すが、不意にレヴィアスと視線が合う。
「目覚めた、のか?」
「……?」
 レヴィアスの問いかけにきょとんと首を傾げ、それからまじまじとレヴィアスを見つめてくる。人にじろじろ見られるのは気分の
いいものではないが、何故か子の小さな存在に関しては別格だと思った。
「我の顔が珍しいか?」
 ふるふると首を振る。察するに生まれたばかりで周囲の状況がわからなくて、目の前にいるレヴィアスの存在が気になったの
だろう。
「我が恐ろしくはないのか? 異形の瞳を持っている、人間だぞ?」
「?」
 どうして?と言った表情でレヴィアスを見つめてくる。あまりにもあどけなく、無邪気で無防備な姿。この世界で最も恐ろしく、忌む
べき存在は人間だ。己の利のためになら、同胞すらも平気で売るのだから。それを前にしても、危機感など何も持ち合わせていない
らしい。
「我はおまえを捕って食うのやもしれぬのだぞ?」
「…」
 だが、そんなふうに凄んでみせても効果はないらしい。もっとも、レヴィアスとて、本気で言ったわけではないので、それを見透か
したのかもしれない。
「……?」
 不意にフワリ、とした感触。小さな手でレヴィアスの頭を撫でてきたのだ。
「これでは我が幼子のようだな」
 苦笑しつつも、最初に光の球を拾った時と同じような暖かさを感じる。確かに、この天使はあの光の球から生まれてきたのだと、
改めて
認識する。
 春の日差しよりもはるかに暖かくて柔らかな天使の存在に自然とレヴィアスの表情も緩む。
「我の元に来るか?」
 そう告げて、手を差し延べると、嬉しそうに頷いて、レヴィアスの胸の中に飛び込んでくる。
「そう慌てずとも、我は消えはしない」
 天使の機嫌に合わせ、パタパタとさらに羽根を羽ばたかせている。こうして、改めて抱き締めてみると、本当に赤ん坊のようだ。
「名前が必要、か……」
 まず一番に必要なもの。名前はそのものがそこに存在しているものの証明。名前がないと、呼び掛けるときに困る。“天使”と
呼び掛けるのも、芸はない。
「天使、か……」
 ジっと見上げてくる瞳はどこまでも純粋で曇り一つない。人間の在り来たりな名を与えるのも風情がない。
「アンジェリーク……」
 不意に思い浮かんだのは、天使を意味する言葉。だが、これ以上に似つかわしい言葉は思い付かない。
「今日から、おまえはアンジェリークだ」
「……?」
 レヴィアスの言葉にきょとんと首をかしげ、自分を指差す小さな天使。自分を指す言葉なのかと、たずねてきているようだ。
「そうだ、おまえの名だ? 気に入らぬか?」
 その言葉に慌てて、ぶんぶんと首を振る。あんまり振り過ぎて、髪がばさばさになってしまう。そして、レヴィアスにさらに抱き
ついてくる。
「ならば、アンジェリーク。今日から、我と共にこの館で暮らすことになる。広いだけの屋敷だが、おまえに不自由はないようには
しよう」
 そう言いながら、優しく髪の整えるレヴィアスの指先に嬉しそうに笑いながら、さらに擦り寄る。それはまるで子猫のような仕種。
その仕種に満足げに笑うと、レヴィアスはアンジェリークを抱いたままの姿で、屋敷に戻っていった。


お持ち帰り。多少は怪しめよ、レヴィアス……。


‖<Angel Days>‖ <> ‖ <> ||