いない、いない。
ぱたぱたと飛び回っているのに。いつもゼフェルと一緒だったから。彼がいないことがたまらなく怖い。どうして、お昼寝なんて
していたんだろう。起きていたら、ずっと傍にいられたのに。
「〜」
ぱたぱたぱた!!! 必死で羽ばたいても、ゼフェルは見つからない。飛び出した勢いのまま飛んでいるのだ。方向なんて、
しっちゃかめっちゃかだ。
「……」
涙が零れそうになる。けれど、それではゼフェルを探せない。だから、アンジェリークは必死でこみ上げてくる寂しさをこらえ
ながら、飛び続けていた。
風が気持ちよく、天気のいい一日。何よりの乗馬日和である。そういうわけで、ジュリアスはオスカーとともに乗馬を楽しんで
いた。馬と一体になって、流れてゆく風景を、風を楽しむ。何よりも贅沢な時間。だが、不意に馬が走るのをとめてしまった。
「どうした?」
馬は臆病な生き物である。何か、彼を脅かすものがあったのかと、愛馬に声をかけてみる。
「どうかなさいましたか、ジュリアス様?」
「いや、私ではない。馬が……」
言いかけた言葉を制するようにジュリアスの愛馬が茂みのほうに視線を移す。ジュリアスは馬から下りて、その茂みの方を
見てみた。
「何かあるのか?」
「ジュリアス様、危険です。俺が……」
だが、オスカーが馬から下りる前に、それは飛び出してきた。
「うわっ!!!」
「〜〜!!!」
茂みから飛び出してきたそれはジュリアスにもオスカーにも見覚えのある存在。小さな天使、アンジェリークだった。
「……」
ジュリアスの姿を見て、小さな天使は大きな瞳を更に見開いて、見上げてくる
「どうしたのだ。ここは馬場だ。…といっても判らぬかも知れぬな。馬に乗る場所だ。危ないではないか。ゼフェルはどうしたのだ?」
ジュリアスにとっては何気ない問いかけだった。だが、ゼフェルの名を出された瞬間、たがが外れたかのように、小さな天使の瞳
からぽろぽろと涙が零れだし、ジュリアスの服のすそをつかんできた。
「ど、どうしたのだ?!」
子供に泣かれることほど、ジュリアスにとっては心臓に悪いものはない。泣かれるような事を行った覚えもないのだ。
「泣いてばかりではわからぬではないか」
そう声をかけては見るものの、アンジェリークはジュリアスの服のすそをつかんだまま、しくしくと泣き続けるだけ。
「オスカー……」
「はっ」
その様子をそうすればいいものかと伺っていたオスカーはジュリアスに声をかけられて、自分のすべきことをどうするかと思案を
めぐらせる。
「コレを、私はどうすればいい?」
珍しく困惑したような声。これは彼にとって、思いっきり予想外のことなのだろう。
「察するに、ゼフェルがいなくて困惑しているようですね。マルセルの館がここから近いようですし、何か出させて落ち着かせては
いかがですか? この小さなお嬢ちゃんが喜びそうなお菓子もあるでしょうし」
館の主は甘いものが大好きな子供、だ。そして、ジュリアスよりもこの小さな天使の扱いに手馴れている。
「そうか……。アンジェリーク」
壊れ物を扱うようにジュリアスは小さな天使を抱き寄せる。
「……?」
「私では力不足であろうが、我慢するように……」
アンジェリークを抱いたまま馬のいた方に戻ると、ジュリアスの愛馬はアンジェリークに顔を寄せてくる。
「……?」
幸いにも馬に恐れを抱かなかったようだ。
「そなたに気づいたのは、この馬だ……」
「……」
ジュリアスが声をかけると、こわごわと手を伸ばして、アンジェリークは馬に触れた。そして、その暖かさにふんわりと笑う。
「落ち着かせてくれようとしたのだな……」
愛馬とアンジェリークの言葉のない交流にジュリアスも緊張した面持ちから柔らかな笑顔を浮かべる。
(……俺は何も見なかったことにしたほうがいいんだろうか?)
それを見ていたオスカーがどこか複雑そうな顔をしていたことはアンジェリークもジュリアスも気づいていなかった。
ある意味、この話で二番目に不幸な人かもしれないジュリアス……
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