「ったく……」
溜め息を吐いた分、幸福は逃げて行くと言う。だとしたら、今の自分にはろくに幸福は残ってはいないに違いない。
格段に増えた溜め息の数に、自分らしくもないといつもなら鼻で笑うところだが、非日常でない現実の連続だ。こんな
気分にもなる。そしてことの原因はと言えば……。
ぱたぱたぱた……。
脳天気な羽音が頭上で響く。小さな羽音ではあるが、まさしく頭上でだ。いやでも、響いて聞こえる。意識のしすぎでも
あるのだろうが。
「♪」
ゼフェルの不機嫌とは裏腹に、ことの原因の小さな天使、アンジェリークはご機嫌である。大好きなゼフェルといられる
だけで嬉しいらしい。
「ったく、いい加減に離れやがれ……」
「?」
愚痴ってみたところで頭上には届かず。アンジェリークはにこにこと笑って、ゼフェルの首にしがみついている。すっかり、
ここが自分の定位置だとでもいうように。実際、他の場所に抱き付くと、簡単に振り払われてしまい、この場所に落ち着いた
のだ。頭を振って振り払おうとしても、必死でしがみつくアンジェリークを離せず、互いに目を回しただけだった。そこからは
離れたくない時は頭にしがみついてくるの。これで重ければ、悪態はもっとつけるし、引き離す言い訳にもなる。だが、しがみ
つきながらも、ぱたぱたと飛んでいて重さを感じさせないのだ。
「おはよう、ゼフェル、アンジェ!」
「♪」
すっかり二人一緒に挨拶されることになじんでしまった自分が悲しい。執務の間は、女王補佐官であるディアが預かって
くれるのだ。逆に言えば、執務をサボろうとすると、アンジェリークが離れないと言う事である。
「小さいのにちゃんと分かってるんだよね」
マルセルの言葉でなければ、嫌味を言っているのかと思いはするが、天真爛漫なマルセルだからこそ許せるのだ。
「やあ、おはよう。ゼフェル、アンジェリーク!」
ランディの爽やかすぎる挨拶も今は気になりはしない。腹が立つ事はというと……。
「よう、お嬢ちゃん。今日もいい笑顔だな」
「♪」
ポンポンと頭上のアンジェリークの頭を撫で回すオスカーにアンジェリークは無邪気な笑顔で応える。ゼフェルの頭上だと
ちょうどいい目の高さになるのか、オスカーはこうしてよくアンジェリークに声を掛けるのだ。
「人の頭越しで会話してんじゃねえよ……」
「男に挨拶しても、つまらんだろうが」
一度となく行った抗議の言葉はオスカーのこだわりの元に、ことごとく無視されて。ただでさえ、身長にコンプレックスを持つ
ゼフェルには面白くなかったことはいうまでもない。
「♪」
それでなくとも、この小さな天使は愛想がいい。ジュリアスやクラヴィスにすら、愛想よく笑い掛ける。恐れ知らずもいいところだ。
ジュリアスなら、まだいい。あのクラヴィスが柔らかな視線を返すのだ。見るたびに心臓が悪くて仕方なかった。こんな毎日が
いつまで続くのか、考えるだけでうんざりする。
『時が来るまでは待ってあげてください』
ルヴァは訳ありげに言う。だが、当事者である自分の身になってみろとゼフェルは思う。頭上の小さな天使には罪はない。だから
こそ、余計に疲れるのだと、ゼフェルはまた一つ溜め息を吐いた。
何ヶ月放置してたんだ、私……。すみません。
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