ことの始まりはゼフェルが聖地を脱走しようとしたところだった。
「こんなところにいてられっかよ!」
マルセルという後輩の守護聖ができたとて、守護聖としての自覚がわくわけではない。まして、好きで守護聖になった
わけではない、と思っているのだ。
「さて、と。ここまで来たら、ルヴァも探しにはこないだろうな」
聖地の外れまで来て、ゼフェルはホッと息をついて、今頃、のんびりとした口調でゼフェルを探しているであろうお目付け
役のことを考える。ルヴァを振り切るのは簡単なこと。意気揚々とゼフェルは聖地を抜け出そうとしたその時。
「な、何だ……?」
ふわり、ふわり。突然現れた光の珠が宙に舞う。それはやがて、ゼフェルの目の前で止まった。
「なんだよ、これ……?」
聖地に慣れてきたとは言え、まだまだ謎が多い。こういう時にルヴァがいればいいのだが、残念ながら、その目を擦り
抜けて脱走しようとしている身だ。
ふわり、ふわり。柔らかな光を放ちながら、今もなお宙に浮かぶそれが邪悪なものには見えない。まして、ここは聖地だ。
女王がいる地に邪悪な存在がいるはずもない。
(持って帰って見れば、ルヴァが調べてくれるよな……)
ゼフェルにも好奇心はある。あわよくば、お説教も逃れられるかもしれないと考えもした。だが、この好奇心のために後々
苦労することになるとは、今の彼には予想もつかないことであった。
「よし……」
そっと指先に集中して、ゼフェルが触れようとした瞬間……。
パリン。硝子が割れるような音。
「え……?」
気付いた時には既に遅く。パリン、パリン。小さく光の珠がひび割れていく。ひび割れた光の珠
から見えて来るのは人間らしき姿。
パァーッとまばゆい光が周囲を支配する。そして……。
「……」
パタパタという羽根の音が呆然としているゼフェルの脳裏に響いた。
「な、何だよ、こいつは……」
光が止むと、光の珠は既になく、代わりに小さな少女が宙に浮いていた。いや、少女というには些かの語弊があった。
赤ん坊くらいの大きさの身体。小さな手足。そして、何よりもその背には純白の翼があり、パタパタと羽ばたいているの
だから。いわゆる天使と呼ばれる存在であろう。
「♪」
にっこりと笑顔を向けて来る。あどけなく純粋無垢な笑顔。悪く言えば、何も考えていないよう
にも見える。
「俺は何も見なかった……」
聖地には色々な不思議がある。時の精霊や手紙の精霊もいるのだから、天使がいても不思議ではない。といって、自分が
関わりたいかと言うとそうではなく。ダッシュで立ち去るために、くるり、と回れ右。
「……」
クイクイ、とマントを引っ張られ、恐る恐る振り返れば、小さな天使はにこにことゼフェルを見上げている。
(冗談じゃねえ……。懐かれてたまるか!)
足の早さには自信がある。逃げ出そうとダッシュする。足には自信がある。振り切れることは間違いない。ただ、ひたすら
走るゼフェルであった。
「こ、ここまで来れば……」
必死に走ってたどり着いたのは聖殿の中庭。脱走するつもりだったのに戻って来てしまった。
「今日は日が悪いからやめとくか……」
そう呟いて、ゼフェルは大きく溜息をついた。予定が大きく狂ってしまったが、仕方がない。
「あれ、ゼフェル、こんなところでどうしたのさ?」
「げ……」
嫌な人間に会ってしまったとげんなりする。夢の守護聖、オリヴィエである。華美な服装に身を包み、一見ちゃらちゃら
しているように見えるが、物事の本質を見抜く目は確かなものだ。
「あんた、何、頭の上に載せてるの?」
「は?」
オリヴィエの言葉の意味が分からず、ゼフェルは首を傾げる。
「わかんないの? これ見てごらん」
そう言いながら、オリヴィエは手鏡をゼフェルに手渡す。
「何なんだよ……」
わけがわからないまま、ゼフェルは手鏡を覗き込む……。
「♪」
「ちょっと、待て……」
ゼフェルの頭の上には先ほどの小さな天使がちょこんと載っていたのであった。
出会いはこんなものでしょう。ここから、彼の不幸は始まった……。
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