「お戯れはおよしください」
「戯れなわけがないだろう? 僕は本気だ」
「本気なら、なおさらたちが悪いですよ」
「昨日のあれか僕の八つ当たりだってわかっているだろう? なのに、あんなことを言って。いつもみたいに困った顔で僕を窘めれば
良かったんだ」
「カナン様……」
 カナンの言葉にセレストは困惑を隠せていない。それがカナンをより苛立たせていた。
「私は……」
「何なんだ? はっきり答えろ! 僕にもう飽きたのか?」
「カナン様!」
 カナンの言葉に流石のセレストも声に少しの怒りが混じる。カナンを苛立たせたのは、昨日の先刻だということは理解できてはいる。
実際、セレストとて、忍耐力をかなり強いられた。
「違うんだったら、ちゃんと言ってみろ! 本当に僕に誘われても、触れないのか?」
「……お怪我をなされたのは、」
「それがどうした! ちゃんと僕に理解させてみろ」
 どういっても引く気がないカナンにセレストは覚悟を決めるしかなかった。
「私とのことを悔し紛れとはいえ、言い訳になされて初めて気づいたんです。いつか本当に自分を抑えられない、貴方をめちゃくちゃに
してしまいたくなる日がくるかもしれないことに……」
「だから、僕に触れない、と?」
「ええ。私には貴方をお守りする義務がある。それが私の騎士として、従者としての役目ですから。その私が貴方をめちゃめちゃにして
しまうなんて……」
 きっぱりとセレストは答える。普段はカナンに対しては強気に出ることのないセレストが稀に見せる顔。優げな顔に似あわず、頑固な
一面を持っていて。セレストにそこまでさせるのなら、カナンとしても打つ手は一つだ。
「そうか……」
「はい、ですから……」
 カナン様には触れません、そう言いかけたセレストの言葉はカナンに遮られた。
「ちょっぷ」
「あた!」
 至近距離で繰り出されるちょっぷはかなり痛い。頭を抱えるセレストをどこか怒ったような顔で見つめる。
「そんなくだらない理由で僕に触れないだなんて覚悟を決めるな」「く、くだらないって……」
 決死の覚悟で言った言葉を下らないと一蹴されるとかなり悲しいものがある。
「くだらなくて当然だ。お前の言葉で僕は色々考える羽目になったんだぞ。ちょっぷぐらい甘んじて受けろ」
「そんな無茶苦茶なことをおっしゃられても……」
 相変わらずのごむたいな言動に困り果てるしかないセレストにかまわず、カナンは言葉を続けた。
「第一、力ではお前に敵わないが、策を弄するのなら僕はお前に勝てるんだぞ」
「そういうところで堂々と胸を張られても……」
 あまり自慢の出来ることではないことを堂々と胸を張られても、従者として困る。だが、カナンは悪びれることなく言葉を続けた。
「本当のことだろう?」
「同意を求められても……」
 従者としては主君にそういうところばかり長けてもらっても困る。
「とにかく。昨日、おまえが僕に触れないと宣言してから、僕は色々思考が混乱したんだからな」
「混乱、ですか?」
「言わせるな」
「はぁ」
 あれこれ悩んだ内容をセレストに知られたくはない。だから、カナンの心の中に閉じ込めて置くけれど。言うべきことはちゃんと
告げる。それが自分らしい方法だから。
「とにかく、下らない理由にこだわって、僕にこんなことを言わせるな。おまえに触れられるのは、おまえだから許せるし、嬉しいんだ」
 そこまで一気に告げると、カナンはプイと顔を背ける。耳まで紅くなっているカナンの可愛らしさにセレストは遂に白旗を上げる。
「あまり誘わないでください。止められなくなります……」
「止めなくてもいい。ヤキモキしているのが僕だけなんてシャクだからな」
「まったく……」
 あまりにもなごむたいさにセレストは溜息をついて、カナンの顎を捕らえる。
「セレスト……?」
「止められませんからね……」
 そう告げると、セレストはカナンの唇を柔らかく塞いだ。

ようやく、ここでセレストの本音も出しました。出、カナンもごむたいに誘っています。さぁ、次からは…ですね。

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