「カナン様、失礼します」 いつもの時間にセレストが部屋をノックする。時計を見ると、いつもの時間なのに今日はやけに長く感じられた。 「入ってくれ」 「失礼します」 いつものようにセレストが入ってくる。いつもと違うことといえば、セレストがおやつを持っていないこと。おやつの運搬役をもろもろの 事情で彼が引き受けているからだ。 「御加減はいかがですか?」 「病気ではないしな。動けないことを除けば、身体は元気だ。だが、動けないのは不便だな。今日つくづく感じた」 心底うんざりした口調のカナンにセレストは苦笑をもらす。行動派の主には怪我をして動けないという情況はかなりの拷問に近い のだとも思う。 「今日はどうなされますか? 私にできることならしますよ?」 「とりあえず、お茶を入れてくれ。姉上がマドレーヌを焼いてくださったんだ。早く食べたくて仕方ないんだ」 「わかりました。私を待っててくださったんですか?」 「姉上がセレストと一緒に…と仰ったしな」 照れているのか、わずかに視線を外すカナンにセレストは穏やかな微笑を浮かべた。 「な、何がおかしい!」 「いえ。ずいぶんお待たせしてしまいましたし。急いでお入れしますね」 「うむ」 慣れた手つきでセレストはお茶を入れる準備を始める。恐らくは騎士団の中でもお茶を入れるのはかなりの腕前だろう。今日の ようにリナリアが手作りのお菓子を作ってくれた時にセレストがお茶を入れることが多いからだ。カナンの好みに合わせてという限定 ならこの国で一番かもしれない。 「カナン様、お待たせしました」 しばらくして、紅茶のいい香りが漂ってくる。 「ああ。すまない」 二人して、ソファに座って向かい合う形になる。なんだか、空気が重いような気もするけれど、そんなこともなくて。 「じゃ、いただきます」 「いただきます」 二人して、御行儀よくマドレーヌを食べ始める。 「美味しいですね。さすがはリナリア様です」 「当然だろう?」 いつものように何気ない会話もそこそこに、リナリアの作ったマドレーヌは本当に美味しくて。食が進むせいか、二人して黙々と 食べ続けている。 (……) ちらり、とカナンはセレストを伺う。よくみなくても、整った端正な優しい顔立ち。格好いいというよりは綺麗の部類だと思う。もっとも、 口には出したこともない。そのせいで白鳳に狙われたとは思わないけれども(セレストの性格も込みなはずなので)、それを認める みたいで癪だ。 (僕の理想は間違ってなかった…か。妻…ではないけどな) 普段はとほほな癖に、妙なところで頑固で、強気な部分があって。理想はあくまでも理想だが、外れてはいなかったらしい。だから こそ、思考は巡るのだ。おっとりとした可愛い…には自分はかけ離れているのだから。 「カナン様、どうされました?」 怪訝そうに声をかけられて、カナンは現実に立ち戻る。 「ああ、悪い。考え事をしていた」 「そうですか? それは良いんですけど、マドレーヌがついてますよ」 「どこだ?」 指摘されて頬を触ってみるが、どうも見当違いの場所を探しているのか、なかなか見つからない。 「失礼します。カナン様」 椅子から立ち上がり、セレストはカナンの口元に手を伸ばして、マドレーヌの欠片をとってやる。そして、そのまま手を離そうとした。 だが、その手はカナンの手に止められた。 「カナン、様?」 「……」 しばらく無言でその手を見詰めていたカナンだったが、やがてマドレーヌをつまむ指先を口にした。 「カ、カナン様!」 慌てて離れようとするが、怪我人相手に強い力で出ることもできずに。されるがままになる。やがて、マドレーヌを食べ終えたカナンは 指先に残る甘さを味わうようにその指に念入りと舌を這わせた。 |
指を舐めるってのも、何となくそそるよね? すみません。次から、カナン様に行動に移してもらいます。
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