カナンが朝食をとり終えた頃に、セレストは言葉通りに戻って来てくれた。
「今日はどうなされますか?」
「……読書にする。図書室から何冊か借りてあるし。僕は大丈夫だから、おまえは騎士団の仕事に戻れ」
「ですが……」
「いいから。病気でもないし、むやみに動き回らなければ、多少の不便は我慢できる。いつも通りに午後から来てくれたらいい」
 平気だから、と。躊躇うセレストを無理矢理言いくるめて、騎士団の任務に行かせた。
 城の図書室から持ち出した本を読んでは見るが、わくわくしない。読書は好きだが、動けない状態ではできることが限られる。
退屈過ぎてつまらない。セレストが傍にいてくれたら気分も違って来るが、気まずい空気にカナンが耐えられない。カナンが一方
的に気まずく思っているからだ。昨日も今朝もいつもどおりの朝だというのに。グチャグチャしそうな思考に溜息をつく。
「カナン。いいかしら?」
「姉上?」
 バスケットを持ったリナリアが柔らかな笑顔と共に入って来る。
「怪我をしたとお兄様から伺ったし、食事もお部屋で取ってるから心配したけど、杞憂だったわね。よかったわ。でも、元気そうだ
けど、つまらなさそうね」
 クスクスと笑いながらリナリアはバスケットをカナンに手渡す。
「お見舞いよ。マドレーヌを焼いてみたの。口に合えばいいのだけれど」
 素朴な焼き菓子作りを趣味とする姉の差し入れはとても美味しいので嬉しい。
「ありがとうございます。姉上のお菓子は美味ですから嬉しいです」
「そう、よかったわ。セレストと仲良くわけてね」
「はい……」
 僅かに複雑そうな顔をするカナンにリナリアはクスリと笑う。
「セレストに美味しいお茶を入れてもらってね。仲直りのきっかけになればいいけど」
「な、仲直りって……」
 リナリアの言葉に慌てるカナン。だが、リナリアはニコニコと笑顔のまま。
「あら。そうでなかったら、セレストはカナンの傍にいるはずだもの。無理に追い出したんでしょ?」
「……」
 口調はいつもとかわらないのほほんなのにその発言は鋭くて。カナンはドキリとする。
「カナンは意思が強いのがいいところだと思うけれど、あまり意地を張り過ぎるのもどうかと思うわ」
「僕は別に意地なんて……」
「あら、そう? でも、あまりセレストを困らせてはだめよ」
 のほほんな口調とは裏腹にしっかりとたしなめてくる。
「それはわかっています……」
「そう? それならいいわ」
 クスクス笑うリナリアにカナンはひたすら頭のあがらない思いを感じ続けるしかなかった。


 昼食を終えると、カナンは時計を何度も見つめる。いつもの時間に定刻通りにセレストはカナンの元に参上してくれる。だが、
今はそれすらがもどかしいと感じていた。
「早く来ないと、僕が全部食べてしまうぞ……」
 リナリアが作ったマドレーヌがあるから、今日のおやつは辞退した。テーブルの上に鎮座しているバスケットからは甘い香りが
してくる。
「姉上のマドレーヌはお前も好きだろうが……」
 素朴で優しい家庭の味はセレストの好みだ。可愛くて優しい女性が好みだといっていた。例えるのなら、リナリアのような……。
(……)
 もしも、自分とこういう関係になっていなければ、いつかセレストは誰かと家庭を持つことになっていただろう。実際、城内の侍女
達の間でセレストは人気が高いらしい。端正で優しい顔立ちと穏やかな性格、近衛隊副隊長という肩書の持ち主だ。年頃の
女性が心をときめかせないわけがない。
 もちろん、それは考えても仕方のないことで。カナンにしても、事情は同じなのだ。嫡男でないことや、のんびりした国の性質や
兄であるリグナムがまだ将来の相手を決めていないこともあり、縁談とは無縁だが、この年齢であれば、婚約者がいても不思議で
ないのだ。
 触れ合わなければ、心が通じ合っていないとは思わない。それは愚かな考えだとも思うけれど。自分から行動を起こすにはこ
の足では不便で。だからこその焦燥感かもしれない。
「早く来い、セレスト……」
 こんなのは自分らしくない。相手の行動を伺うよりも、自分から動く方がずっといい。そう呟いて、カナンはひたすらセレストを
待ちわびた。

姉上、最強です。だからこそのリナリア様なのです。で、そろそろ、カナンにも行動をとってもらいましょう。

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