(べ、別に期待しているわけじゃない……!)
 一ヶ月以上触れようともしなかった時もあったのだから、彼にとっては耐えられる範囲なのかもしれない。けっして淡泊でないのは
その後に触れられた時に判明はしたが。
(えーい、思い出してどうする! あっちがその気なら、僕だって対抗してやる!)
 こんな時にでも、負けず嫌いな性格は健在である。だが、頬は紅く染まっており、なんだかほてっている。
(熱が出て来たからだ……)
 明かりを消して、布団を顔まで被る。誰に見られているわけではないが、恥ずかしさが抑え切れない。
 身体が熱い。何気なくセレストが触れていた部分がそのまま熱を帯びてしまったかのようだ。
(絶対、熱のせいなんだからな……)
 捻挫した足からの痛みで身体の熱をごまかそうと目を閉じる。しばらくはその両方に苛むされることになった。
(熱い……。足も痛い……)
 熱が本格的になり始めたためか、身体中が熱い。枕元にある水差しの水が欲しいところだが、指一本動かすのも億劫だ。
「セレスト……」
 無意識に呼ぶのは従者の名。今は夜更けできっと彼も眠っているはずで。呼んだって、来てくれるはずが、自分の声が届く
わけがない。
 ガチャリ。扉が開く音がぼんやりとカナンの耳に届いた。だが、問いかける気力もない。
「カナン様」
 優しい声が降って来る。
「セレスト……?」
 大きな手が額に触れたかと思うと離れて。ぱしゃぱしゃと水音がしたかと思うと、濡れたタオルが額と足首にあてられた。
(冷たいけど、気持ちいい……)
 ほっと溜息をつくカナンの手がセレストを求めて宙に浮く。セレストはその手を優しく握ってくれる。
「お傍にいますから……」
 その声も握りしめる手の温もりもとても暖かくて。何故だか涙が出そうになった。
優しく髪を撫で続けてくれる手は小さい頃のそれよりも堅くて、大きい。だが、温もりはなに一つ変わっていない。
「セレスト……」
「はい、カナン様……」
 名前を呼べば、セレストが応えてくれる。それがとても安心できるから。ようやくカナンは眠りにつくことができた。


 窓ベから吹き込んで来る朝の風が頬を優しくなぜる。
「ん……」
 その風の心地よさに誘われてカナンは目を覚ました。
「お目覚めですか?」
「セレスト……」
 視線を向けると、柔らかな笑顔でセレストが見つめている。
「失礼します」
 セレストの手が額に触れる。
「熱は下がったみたいですね」
「ああ。大分楽になった。済まなかったな」
「いえ、カナン様がよくなったのなら、それで……」
 そう言いながら、セレストは湯を入れた洗面器とタオルを持って近づいて来た。
「眠っている間にも汗をかかれていましたし、身体を拭いてからお召し替えください」
「……って、それはパジャマだろう?」
 セレストが着替えとしてベッドサイドに置いてるのはパジャマで。どう考えても今日はベッドの住人でいることを意味している。
「リグナム様のご判断です。その足では活動なされることも難しいでしょうし。熱も出されたんですから。大人しくなさってください」
「う〜」
 全治十日の診断は行動派のカナンには辛いものがある。その間、安静を強いられるのだから。
「さ、まずは身体をお拭きしましょう」
「あ、ああ」
 パジャマの上着を脱いでから、お湯を絞ったタオルで身体を拭いてもらう。汗をかいていた身体にはそれがたまらなく心地いい。
「ふぅ……」
 思わず溜息を漏らしてしまい、チラリとセレストを伺うが、セレストは何も変わらずにカナンの身体を拭いている。
「はい、お着替えです」
「うん」
 セレストの変わらない態度に内心ホットしつつ、複雑な感情を覚える。セレストに気付かれぬよう溜息をつくと、カナンはパジャマに
袖を通した。
「じゃあ、朝食を運んで来てもらうように申し付けておきますね」
「お前はどうするんだ?」
「今日一日カナン様のお傍にいます」
 カナンが病気をした時にはいつもカナンの傍で一日中傍にいて看病をくれた。本当に変わらない。
「じゃあ、一度下がりますね」
 そう言って、セレストは部屋を退室していった。

セレスト、余裕あるっぽいなぁ……。

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