「木から降りられなくなった迷子の子にゃんにゃんを助けようとしたらしいが、お前が怪我をしてはどうしようもないだろう」 「申し訳ありません、兄上」 怒るというよりは穏やかに諭すといったリグナムに流石のカナンも殊勝な態度になる。結局、木から落ちての怪我だと言う部分に 嘘はつかず、原因に嘘を持っていくようにした。その方がばれにくい、長年の経験である。 「セレストが来るまでは待てなったのか?」 「申し訳ありません、リグナム様」 「いや、お前を責めてる訳じゃない、セレスト。おまえには騎士団の任務もあるのだし。それに、手当も適切にしてくれた」 謝罪の言葉を述べるセレストにかえって普段の苦労を思いやってくれる。それはそれでどうかとは思いはするが。 「その足では不便だとは思うが、我慢するのだぞ」 「判っております」 「それと危ない真似も程々にな。あまりこの兄に心配をかけてくれるな」 兄としての優しい笑顔でカナンの頭を撫でる。年の離れたこの弟に普段は構ってやれない分を補うかのように。いつまでも、自分が 兄の中では小さな弟のままのようで、くすぐったいけれど、カナンはされるがままになる。 「じゃあ、私は執務に戻る。セレスト、いつも以上にカナンが苦労を掛けるかもしれないが、カナンをよろしく頼む」 そう告げると、リグナムは席を立つ。 「兄上、わざわざありがとうございました」 慌てて礼の言葉を述べるカナンにリグナムは穏やかな笑顔を見せてくれた。 「兄上はごまかされてくれただろうか……」 「さぁ……」 脳天気…いや何事にもおおらか過ぎる家族に囲まれたせいか、唯一気苦労を背負いやすい兄王子は鋭い部分がある。アンモス肉の 一件の時にそれを改めて認識させられてしまった。 「リグナム様もああ言われておりますから、少しは自粛して下さることを願っておりますよ」 「言われなくても判っている」 ついでに話を蒸し返されたみたいで何だか腹が立つ。 「で、今日はどうなされますか?」 「うーん……」 普段の午後からの時間の過ごし方は冒険に出る前と同じく散歩をしたり読書だったりするのだが、捻挫したこの足では歩き回れない から、動きに制限がある。 「久々にチェスでもしてみるか。つきあってくれ」 「わかりました」 結局は椅子に腰掛けたまま出来るゲームに落ち着いてしまう。取りあえず、午後はそうして大人しく過ごすこととなってしまった。 怪我をしているのだから、と夕食も部屋に運んでもらった。普段はどんなに忙しくても、家族団欒で食事をしていることもあり、独りで とる食事はどこか味けない。せめてセレストがいればいいのだが彼も騎士団の宿舎で食事をとりにいっている。食事を終えたら、また 来るから、と言い残して。 怪我が治るまでは着替えなど身の回りの世話は引き受けてくれることになっている。下手に侍女に頼むより、小さい頃から世話をして いるセレストに頼む方が気が楽だろうという配慮からだ。 (僕は馬鹿だ……) 今になれば、自分が悪いのだというのは十分わかりきっている。あんまりうるさいから半分は八つ当たりのつもりだった。それがこんな ふうに気まずくなるなんて考えていなかった。 「う〜」 苛立ちからか、皿の中のじゃがいもをつぶし始めてしまう。普段はこんな行儀の悪いことなんてしない。まがりなりにも一国の王子だ。 礼節くらいは弁えて当然。ただ、苛立ちがそれを上回っていて、独りで食事をしている状況が行動を幼くしているのだ。 (僕が謝るしかないんだろうけど、どう言えばいいんだ……) 思い悩んでみても、答えが見つからない。何をどう言えばいいのかが判らない。もやもやした感情を抱えたまま時間だけが過ぎて 行った……。 |
さぁ、カナンが悩み始めました。セレストは我慢してくれるんでしょうね……。
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