頬に切り傷。手の平にかすり傷。そして、右足首には痛痛しげに巻かれている包帯。
「はい、終わりましたよ」
「……!」
 少しきつめに巻いた包帯にカナンは眉をしかめるが、セレストは気にしようともしない。むしろ、当然だと言わんばかりの顔。いつも
温和な彼が怒りを隠さないのは滅多にないことで。その原因を作ったのは間違いなく自分だと自覚しているカナンは不機嫌そうに
口を開いた。

「言いたいことがあるなら、はっきり言え。だんまりでいられる方が不愉快だ」
 元々、物事には白黒はっきりしたい性格である。
「言ったところで判って下さるかどうか判りませんからね」
 返すセレストの言葉は慇懃無礼を地でいっている。流石にカナンもカチンときた。
「何だ、その言い方じゃまるで、僕が人の言葉を聞かない見たいじゃないか」
「私の言うことに関してはそうでしょう! でなければ、お城を抜け出そうとして、木から堕ちるなんて真似はなさらないでしょうし。
危ないから、およしください、と何度申し上げたと思うんですか!」

 そこまで一方的に言葉を投げ付けると、セレストは苛立った顔を隠そうとしない。
 そもそもの原因はと言えば、カナンが自室の窓から城外に抜けだそうとしたところから始まった。窓からはちょうどいい位置に大樹が
枝を張っていて。抜け出すのに絶好のポイントなのだ。

「あの枝は庭師に伐採してもらうように手配致しましたからね」
「何を勝手なことを。大体、木から落ちたのだってお前にも責任の一途はあるじゃないか!」
「私が何かしたとでも?」
 いきなり責任を転化され、セレストは眉をひそめる。
「いや、その……。足に力が入りにくかったから、な……」
 微かに頬を赤らめて、言いにくそうに口ごもるカナン。
「それって……?」
「そりゃ、僕だって、嫌がりはしなかったが……」
「あ……」
 カナンの言いたいことがようやく理解できたセレストも赤面してしまう。つまりは昨夜の件である。
 いつものように夜遅くになったのでカナンの部屋下がろうとしたら、服の裾を掴まれ、口づけをせがまれて。幾度も口づけを交わす
うちにそれだけでは足りなくなって。僅かな隙間を埋めるように肌を合わせ、夜を過ごした。いつも見せる表情とは違うカナンの艶や
かさ。愛しい存在のそれをより多く求めたくて触れる手を止めることなどできなかった。

「わかったなら、そう一方的に怒るな。何時もだったら、木から落ちたりもしない!」
 開き直ったカナンはそう言って憮然とした顔をしてしまう。その態度にセレストは一瞬だけ顔を強張らせ、深く溜息をつく。
「……判りました」
「セレスト?」
 声のトーンが違うことに気付き、カナンは怪訝そうな顔をする、いつもよりはるかに低い。まるで何かを押し殺しているかのように。
「カナン様のお怪我に私にも責任の一端があるようですから、責任を取って、カナン様に触れません。それでよろしいですか」
「な……」
 どうしてそういう方向に話が行くのか。だが、セレストは低いトーンの声のままに言葉を続ける。
「カナン様にご無理を強いていたことはお詫びします。これからはこのようなことがないようにいたしますので」
 慇懃無礼を地でいく口調。これは本気で怒っている時のセレストの態度だ。長い付き合いがあるだけにこんな風な態度のセレストも
何度も見てきたのだ。すぐにわかる。

「セレスト、お前……」
「ですから、カナン様もご自分のお振る舞いを考えてくださいね」
 何か反論しようとするセレストの言葉をやんわりとしたいつもの笑顔と言葉で封じ込めると、救急箱を持って立ち上がる。
「では、片付けて来ますね。その足では下手に動けないでしょうけど、無理しないでくださいね。。陛下やリグナム様への言い訳はどう
されます?」

「自分で申し上げるからいい」
「わかりました。では」
 そう言って一礼すると、セレストは部屋を出て行った。ガチャリとドアが閉まる音が気まずい空気だけが残った部屋に響く。
「馬鹿者!」
 悪態をつくと、カナンはドアに向かって羽根枕を投げ付ける。
(何なんだ。あの態度は……)
 あんな風に怒ることもないだろうと思う。カナンとて本気で言った訳ではなくて。セレストを困らせてやろうとかそんなつもりだったの
だから。

(まさか、本気で僕に触れない気じゃないだろうな……)
 初めて肌を合わせた時はその後一ヶ月以上セレストはカナンに触れて来なかった。彼の中に色々と葛藤があったのは判っていた
けれど。それでも、淡泊だから触れて来ないんじゃないかとか、ないかとか勘繰りもしたのだから。

実際に触れ合って見れば、全然そんなことはなく。むしろ……(以下、自主規制(笑))だったのだから。
(う〜)
 思い出したら、顔が熱くなる。ああいう時の自分は自分ではないようで。仕返しを果たしはしたもののやっぱり翻弄はされていたと思う。
こればかりは経験の差だとかがあるから、どうにもならないのだから。


ここまでは王子さまオンリーで配ったペーパーにのせていました。うちのセレストは結構大人気ないです。

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