「カナン様も抱いてみますか?」
「あ、ああ」
 恐る恐るといった感じでセレストから受け取る。
「うわぁ、あったかいな……」
「赤ん坊は体温が高いんですよ」
「綺麗な緑の瞳だ……。それに優しそうな瞳だし。お前に似たんだな」
 腕に抱いてみると、確かな愛しさが生まれてくる。
「お顔立ちと綺麗な金の髪はカナン様譲りでしょう?」
 早速親ばかに成り果てた両親に囲まれた赤ん坊は今まで以上に嬉しそうな声を上げる。それがまた、愛しさを生む。
「ま、そういうわけで。問題は解決したわけだ。そいつにはちゃんと跡取り問題でもめることのないように教育しろよ」
「しかし、よくもまァ、こんな方法を思いついたものですね……」
 感心したように白鳳がたずねる。
「ああ。こいつの先祖とひょんなことで約束しちまってな。その先祖の願いがこの方法を使って、幻獣を人間にする
ことだったからな。どうしても、自分たちの子供が欲しいと言いはりやがって……」
「断ればいいじゃないか」
「色々としがらみがあったんだ」
 話したくないのか、それ以降は明後日の方向を向いてしまった。これでは、聞けそうにないようだ。
「あの、じゃあ。僕の呪いが解けたのは何故ですか? かなり高度な魔法で、ある条件を整えない限りは解ける
ことがないと聞いていたのに……」
「そうですよ。そのために私とスイは各地を放浪していたんですが……」
 ちなみにその各地を放浪して末、この国にたどり着き、白鳳はリグナムと結婚したのである。
「俺は何もしちゃいねえよ。そっちの方だ」
「だぁ〜」
 魔法使いが赤ん坊を指差すと、赤ん坊は元気よく返事を返した。
「この子が、ですか?」
 一同の視線が赤ん坊に注がれる。
「ああ。こいつを人間にする魔法を少し強めにかけたら、必要な分以外の魔法だけ取り込んで、あとの魔力は
無効にしちまったみたいでな。その余波だろうな」
「その余波って……」
 強力な呪いは強力な魔力を元に紡がれている。その魔力を打ち消すほどの魔力を持つこの魔法使いはもしか
したら、ものすごく強力な魔法使いかもしれない。
「とりあえず。俺の用事は済んだからな。これで帰らせてもらうぜ。ったく、面倒くせーなぁ……」
 そう言って、魔法使いは箒にのって、去ろうとするが、ふと、カナンは気になっていたことを口に出した。
「待て、魔法使い。幻獣だった、この子を十月十日可愛がる理由はわかった。だが、アンパンと白牛乳の意味は
……?」
 そう、それが一番気になっていたことだった。十月十日分の白牛乳とアンパン。何の儀式に必要だったと言うの
だろうか。だが、魔法使いの返答はしごくあっさりしたものだった。
「ああ。あれは報酬だ。ただでやってやるほど、俺は親切じゃねえからな」
「……おい」
 そう言えば、しっかりと魔法使いの腕の中にはアンパンと白牛乳が存在する。彼に対する認識を改めようと思ったが、
改めなくてもよいようだ。
「じゃあな。ちゃんと、そいつをまっとうに育てろよ!」
と、言いたいことだけ言って、魔法使いは姿を消してしまった。
「勝手な奴だな……」
「でも、彼はかけがえのないものを残してくれましたね」
「それはそうだが……」
 キャッキャッと楽しそうに笑う赤ん坊。現れてから、一時間もたっていないはずなのに、愛しさだけはあふれてくる。
「で、どっちなんだろうな?」
「カ、カナン様!」
 赤ん坊の服の裾をめくって中身を確認するカナンにセレストは慌てる。
「男の子か〜!」
「……いいです、もう」
 中身の確認をしてしまったものはしょうがない。ため息を軽くつくセレストにさらに難問が差し掛かる。
「ってことは、跡取り問題も大丈夫ってわけだな」
「親父、汚い手で触るな!」
「何を言うか。お前らの子供なら、俺の孫だろう? じいちゃんですよ〜」
「あう〜」
「おうおう。お父さんに似なくていい子でちゅね〜」
 早速孫馬鹿に成り果ててすらいる父親に何が言えよう。
「とりあえず、王子生誕の祝いを盛大にやらんとな! よし、とりあえず、号外だな!」
 などと、一人で勝手に決めて立ち去ってしまう始末だ。
「義父上があれほど喜んでくれるとは……」
 普通なら、あんな怪しい方法で出来上がった赤ん坊に抵抗を示すくらいはするだろうに、とも思う。
「ああ見えて、子供好きですからね」
「そういう問題か?」
「ええ。そういう問題です」
 子供を望めない夫婦であることをやはり気にかけられていたのかと思ってしまったカナンの不安をぬぐうように、
セレストは力説する。
「異国では赤ん坊をコウノトリが運んでくると言いますし、ね」
「僕が知ってるのはキャベツ畑だ」
 セレストの言葉にカナンも同調する。少し、心が軽くなった気がした。
「だから、この子もそういう不思議な運ばれてきたんですよ」
「うん……」
 安心したように頷いたカナンにセレストも笑みをこぼす。
「……やれやれ。らぶらぶ過ぎて、取り入る隙がないですね」
「兄さん、それは今更の話だと思うけど?」
 肩を竦める白鳳をたしなめるスイ。
「スイは相変わらず手厳しいし」
「兄さんがそうなんだから、僕がそうでなきゃどうするの。呪いをかけられていた期間の分も言わせてもらうから」
 そう言いあいながらも、数年ぶりに顔を見合わせて笑いあう兄弟の姿がそこにいた。

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