それから、毎日、中庭のベンチにはあんパンと白牛乳が置かれる。それはいつのまにかなくなっていて。誰も魔法 使いの姿を見ていない。 「くぷー」 「可愛い〜」 幻獣はすっかり城のアイドルとなっていて。城の中をふよふよと飛び回っては、主に侍女たちに可愛がられている。 もちろん、カナンとセレストも十分すぎるほどに可愛がっている。 「…で、この城に来たら、幻獣の熱い歓迎が待ち受けているんですね?」 「どうも、来る者は拒まずの性格らしくてな。おまえのような者でも、愛想を振り撒くらしい」 言葉に少しばかり刺が含まれて 「別に何と言われても構いませんよ。いらっしゃい」 「くぷー」 白鳳が手招きをすると、幻獣はふよふよと飛んでくる。本当に人懐っこいのだ。その愛らしさに、白鳳も思わず笑みを こぼしていた。 「懐かしいですね。よく、リグナム様が幻獣を見せて下さいましたよ」 「兄上が?」 「ええ。初めて見たときは、あまりにも綺麗で驚きましたよ。召還主が違っていても、その愛らしさには変わりはないん ですね」 形のいい指先で撫でてやると、幻獣は嬉しそうに擦り寄ってくる。その手馴れた様子に白鳳の言葉が嘘ではないことを 知る。 「スイも遊ぶかい? 懐かしいね?」 「きゅるりー」 「くぷー」 幻獣とじゃれあい始めたスイを見て、カナンはかねてから思っていたことを口にしてみた。 「なぁ、もし、兄上が生きていたら、スイを元に戻す魔法を願っただろうか……」 「どうでしょうねぇ……」 魔法使いとのいきさつは説明はしている。兄が健在であったなら、まず兄が魔法使いの願いを叶えてもらう権利を 得ていたはずだ。そんなカナンの気遣いに気づき、白鳳はくすりと笑みをこぼした。 「お気遣いありがとうございます。でも、私は断りますよ。スイのことは私の所業が招いたことの責任でもありますから。 それに、強力な呪いですからね。そうやすやすと解除できないでしょうし。それにあなたの話を聞く限り、その魔法使い には『面倒くせ―』の一言で断られそうですしね」 「それはありえるな……」 白鳳の推察力にカナンも思わず納得してしまった。 「でも、その魔法使いには興味がありますね……。会ってみたいものです……」 キラリと白鳳の瞳が輝く。まァ、深くは追求はすまいとカナンは思う。セレストにその目が向かないように気をつけて いれば、後は知ったことではない。ただし、魔法使いの目的が果たすまではおとなしくしてもらうように釘をさしておく 必要があるわけだが。 「……その興味はどの方向に向くか知らんが、十月十日分の白牛乳とアンパンが無駄にならないようにはしてくれ」 「わかってますよ。それが済んだら、OKってことですね」 何がどうOKなのか、深くはつっこまないことにするカナンであった。 そして、十月十日が過ぎようとするある頃……。 「こんにちは」 「ど、どうも!」 にっこりと優美な笑顔で近づいてくる白鳳に対し、セレストは引きつった笑みをこぼしながらも、挨拶はする。 「白鳳、人の夫に色目を使うな」 「…おや、人聞きの悪い。誘いをかけようとしているだけでしょう?」 「同じだ、馬鹿者……」 最初の出会いが出会いだ。いくら、カナンの兄嫁とはいえ、身構えてしまうのは無理もない。そして、カナンが警戒する のも。 「そろそろ、十月十日が過ぎる頃だと思いまして。何が起こるのかを見せてもらいに来ました」 「魔法使いが目当てじゃないのか?」 「もちろん、それはそれですよ」 ふふふ…と鮮やかで怪しげな笑みを浮かべる白鳳にセレストはその興味が自分のほうに向かわないように強く願った ことは言うまでもない。 そんなわけで、セレストとカナンはいつものようにしろ牛乳とアンパンを持って、中庭に出た。今日は白鳳を伴ってでも あるが。すると、中庭にはセレストの両親である国王夫妻やメイドさんたちも出ていた。 「皆さん、好奇心旺盛なんですねぇ……」 「お前が言うな」 つっこみは忘れないカナンであった。 「何しにきたんだよ、親父……」 「国民の税金で白牛乳とアンパンをたかってる王子の行く末を見届けてやりにやっただけだ」 「……俺の小遣いで払ってるだろうが」 「小遣いとて税金から出てるだろうが」 ああいえば、こういう親子関係。嫁ぐまでは王様というのは髭を生やした鷹揚とした人物かと思ってはいたが、ここの 王様は体育会系のノリらしい。結構さっぱりした豪快な性格でもあるため、カナンは彼を好ましく思っていた。セレストの 昔話や知らない姿を聞かされることは楽しい。 「義父上。僕のせいでもありますから、それほどセレストを責めないでやってください」 「ああ、そういうわけにはいかないさ。ここで、俺が息子の嫁を責めたら、嫁いびりになっちまうしな。息子なら、かまわん だろう?」 ものすごい理屈であるが、ある意味すがすがしいとも思う。まぁ、こういう性格のためか、カナンが男であることを知っ ても、それは息子の選択したことだからと、カナンを責めることもしなかった。 |