「きゅるりー?」
「くぷー」
 一方、すっかり仲良しさんらしい幻獣とスイも白鳳の肩の高さで会話している。平和な光景である。 そして、いつもの
ようにセレストとカナンが白牛乳とアンパンをベンチの上に置くと、ポン、と音がなり、あたりが光に包まれた。
「ったく、何だよ、この見物人たちは……」
「……魔法使い!」
 相変わらずの面倒くさげな様子で現れた黒装束の魔法使いはこのにぎやかさを呆れたように見つめている。
「まったく面倒くせえなぁ……。他人にしゃべるなって言わなかったのもめんどくさかったからだけどよ……」
 ぶつぶつ言いながらも、魔法使いは幻獣に近づいて、手にとった。
「ま、お前ら夫婦だけじゃなくて、この城中の人間にも愛情を受けてるってことはわかる。思ったより、うまくいくかもしん
ねーな。面倒くせーけどな」
「何を言ってるんだ?」
「だから、問題解決だ。必要なのは何よりもお前らの愛情だったからな」
 言うだけ言うと、魔法使いは魔法の杖を取り出した。
「……」
 つむがれる呪文は魔法使い特有のもの。そして、かなりの高度なものだ。魔法を学んでいるかなんですら、ところ
どころを聞き取り、理解するのがやっとである。
「……であれ!」
 詠唱が終わった瞬間、杖の先から溢れ出した光が幻獣を包み込む。淡い光だったそれは、やがて周囲を包み込む
ほどの光に拡大してゆく。
「うわぁ!!」
 光がスパークする。誰もがその眩さに目を閉じた。そして……。
「だぁ……」
 どこからともなく、赤ん坊の声が聞こえる。
「え?!」
 慌てて、瞳を開けると、幻獣がいたはずの場所には見知らぬ青年と彼に腕に抱かれた赤ん坊がいた。
「スイ……?」
 愕然とした白鳳の言葉に呼ばれた青年はコクリと頷く。
「どうして、呪いが……?」
「僕にもわからない……。あの光がやんだと思ったら、この子と一緒にここにいた……」
 事態をわかっていないらしいスイの様子にカナンは魔法使いに向き直った。
「スイって、どういうことだ? お前の白牛乳とアンパンがもたらしたのはこれなのか?」
 スイにかけられた呪いを解くのは術者とその解除方法を知るもの、そして、それ以上の魔力をもつものだ。思わず、
魔法使いを見る目が変わってしまうのも無理はない。だが、魔法使いはしれっとした表情で答えた。
「んなわけねーだろ。何で、そんな事を俺がする必要がある? 俺がお膳立てしたのはそっちの方だ」
「だぁ」
 人見知りをしないらしい愛らしい赤ん坊はニコニコと笑っている。蜂蜜色の髪とエメラルドグリーンの瞳の赤ん坊。
「この子が……?」
「ちょうどいい具合に愛情を受けてやがるから、どっちにも似てるだろ? てめーらの子供だ」
「子供〜?!」
 魔法使いの爆弾発言にセレストとカナンは同時に驚きの声をあげた。
「子供って、どういうことだ?」
「お前の先祖との約束で100年に一度、願いをかなえることになってるとは言ったな? そういうわけで、お前が男と
結婚して、子孫が途絶えると、後のことが面倒くせーんでな。ちょうど、お前が幻獣を召還できてたようだから、そいつを
核にして、人間の身体を与えたんだ」
「……核って」
「ああ。与えたのは身体で、その幻獣は魂の核ってところだ。ただし、ちゃんと人間の魂になるための準備としては十月
十日は必要だ。そして、親の愛情。こいつはいい具合にお前らから愛情を与えられてるからな、バランスよく人間になれた
みたいだな」
 未だにスイの腕の中で、ニコニコと笑っている赤ん坊。もし、魔法使いの言葉どおりに二人の赤ん坊だというのなら……。
「カナン様に似て、愛らしいです……」
 思わず、ポツリと呟いてしまう親ばかが早速。
「馬鹿、お前、こんな魔法使いの言葉を信じるのか? 幻獣が赤子になって、スイが人間に戻ったんだぞ?!」
「……そして、私をあなたが出会うきっかけを下さった方でしょう? スイ君、貸してくれるかい?」
 そう言って、セレストがスイに声をかけると、スイは慌てて、セレストに赤ん坊を渡した。
「だぁ♪」
 セレストの腕に抱かれると、嬉しいのか、赤ん坊は喜びの声をあげる。
「……本当のお父さんがいいみたいですね」
 腕の中のぬくもりが去ってしまった寂しさよりも、赤ん坊が喜びの声をあげている。そのことが嬉しいのは赤子に情が
移っているからだけではなく、呪いをかけられていた時に仲良くしていたせいだろう。
 キャッキャッと楽しそうに声をあげる赤ん坊をカナンはなんともいえない気持ちで見つめる。ついさっきまでは幻獣だった
存在が赤ん坊に。それも、自分たちの愛を受けたから、ちゃんとこの姿になったという。

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