王子様とシンデレラが結婚して、数ヶ月。シンデレラの本当の名が、カナンといい、男であったという事実が
判明しても、二人はらぶらぶな毎日を過ごしていた。
「失礼します。お茶の用意ができました」
 ノックを数回して、ドアをあける。それが午後三時の王子の習慣。王子自ら、お茶の時間の用意をするのは、
三食昼寝従者つきという条件のもとでもあるが、単に王子であるセレストが甲斐甲斐しいだけ。公務や何やらで
忙しいセレストが一緒にいる時間を少しでも多くという願いからでもある。らぶらぶな二人の邪魔をして、うしに
蹴られるのも嫌な城の住人たちは王子のやりたいようにさせていた。
「くぷー!」
「へ?」
 ドアを開いた瞬間にいきなり飛び込んできた青い物体に王子は思わず手にしていたお茶道具一式を落とし
そうになった。
「あ。こら!」
 必死にお茶道具を死守すると、カナンが青い物体を慌てて手の中に納めた。
「くぷ?」
「セレストがびっくりするだろう? 僕の三時のおやつが台無しになったらどうしてくれる!」
 青い物体に言い聞かせるカナン。…論点が少しばかりずれているのは気のせいだろうか。事情が飲み込め
ないセレストはとりあえず死守したお茶道具をテーブルの上に置いた。
「あ、あの。カナン様、それは一体……」
「ああ、これは僕の幻獣だ」
「幻獣?」
 聞きなれない言葉にセレストは首をかしげて、記憶をたどる。
「あ、もしかして、カナン様の家系は召還士なのですか?」
 異空間から、さまざまなものを召還し、自らの使いとして操る召還士。その数は少ないと聞く。高い魔法力と
天性の能力が問われるからだ。大抵は一子相伝と聞いている。
「ああ。本来なら、亡くなった父上と兄上のみ幻獣を召還できたんだが、僕にも何故か召還できるようになった
らしくてな。時々、こうして呼び出してやるんだ」
「そうなんですか……」
 鮮やかなブルーの幻獣は脳天気っぽい表情ながら、なかなかに可愛らしい。
「可愛いですね……」
「そうか?」
 まるで、我が事のようにカナンは喜ぶ。召還したのはカナンなので、当然といえば、当然かもしれないが。その
表情を見て、少しばかり、セレストの胸が痛んだ。
「……どうした、セレスト?」
「いえ。何でもありません……」
「何でもないって顔じゃないだろう? 眉間にしわがよってる。余計なことを考えてる証拠だ」
 びしっと言い当てられてしまえば、反論なんてできるはずもない。ここは白旗を揚げるしかない。
「……幻獣使い、召還士の家系は一子相伝と聞いています。あなたが私の妻となったことでその血を絶やすことに
なってしまった…と思いまして……」
「……馬鹿者」
「あたっ!」
 ビシッとチョップが振り落とされる。
「くぷー?」
 二人の様子を幻獣は不思議そうに眺めていて。それでものほほんと浮かんでいる。
「カ、カナン様?」
「そういうことを言いっこなしといったのはお前だろう? 僕だって、お前に跡取を生んでやれないんだからな! 
僕にはいいといって、自分は申し訳ないって顔をするな!」
「……申し訳ありません。ですが……」
「いいから。大体、それを気にするなら、跡取だった兄上の方だ。兄上は男である白鳳と結婚したのに、僕は男と
結婚してはいけないなんていわれはないんだからな」
「カナン様、申し訳ありません……」
「だから、謝るなと……」
「いえ。不本意とはいえ、亡くなったお兄様を悪く言わせてしまいましたから」
「……うん」
 セレストのこの言葉にはカナンもわずかながらに頷いた。言葉のあやとはいえ、大好きだった家族だ。白鳳の
性格に問題はあるとは思いはするが、リグナムは白鳳を大事にしていた。大切に思っていたのだ。
「白鳳はな、お前も合ったことはあるから、知ってるだろうが。まぁ、ああいう性格なわけだ。でも、兄上が亡くなった
後も家にいてくれる。義母のナタブームもだがな。人使いは荒いけど、父上や兄上が残してくれた家族だと思ってる。
そうでなければ、セレストに会うまでは僕は一人ぼっちだったからな」
「カナン様……」
 気がつくと、セレストの手はカナンの頭の上にあった。優しく、金の頭をなで始める。
「な、子ども扱いはよせ!」
「あ、すみません。ですが、私がカナン様のお父上は兄上なら、こうしていたと思いますので……」
「父上や兄上だったら……」
「ええ。私には甘えてもいいですからね」
「……」
 ギュッと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「でも、兄上の代わりとかなら要らないからな」
「?」
「セレストは僕の夫なんだから……」
 真っ赤になりながらも、そう告げるカナンの言葉にセレストは「はい」と嬉しそうに頷いた。
「愛しています……」
 いくら行っても足りない言葉、だ。
「僕も、だ……」
 普通でない出会いで。男同士で。色々と紆余曲折もあったけれど、運命の相手は互いに目の前にいる存在だと
信じているから。
「ん……」
 重ねる唇の温もりを幸せだと感じる。ずっと欲しかった、温もり。家族であり、愛しい人。
「ふふ」
「どうしました?」
「幸せだな…って」
「私もです」
 コツン、とおでこをくっつけあって、くすくす笑いあう。
「くぷー?」
 幻獣が二人を不思議そうに見上げる。その可愛らしさにまた、笑みがこぼれて。
 幻獣がいようと、いまいとこの二人のお茶の時間はらぶらぶで。城の人間はこの時間には二人の部屋の近くを
通ることはなかった。

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