「って、やってらんね―な」
 などと、命知らずなことを言える人間なんて、いるはずもない。しかも、無断に部屋に入ってくるだなんて。
当然、そんなことをできるのは部外者以外の何者でもない。
「え?」
 驚いて、二人は声のしたほうを振り返る。セレストはとっさに剣に手をやって。
「今更、気づいて慌ててんじゃねぇよ!」
 その声と共に現れたのは黒装束の青年だった。
「お前、魔法使いじゃないか?!」
「魔法使い?」
 驚いたように黒装束の青年を見上げるカナンにセレストはカナンと青年を見比べた。
「カナン様、魔法使いというのは……」
「ああ。僕たちが出会うきっかけになったやつのことだ」
「そうですか、彼が……」
 目の前の魔法使いがいなければ、出会えなかった相手。思わず、感慨深い目で見てしまった。
「何、ガンつけてやがる」
「い、いや。そういうわけでは」
 思わず、謝ってしまうあたり、人がいい性格である。
「セレスト、不法侵入者に謝るな。むしろ、うしをけしかけて、蹴ってもらったほうがいいぞ」
 奥様はまぁ、こういう性格だ。ある意味、割れ鍋に閉じ蓋という感じである。
「しかし、カナン様……」
「人のらぶらぶな時間を邪魔するほうが悪い」
「ら、らぶらぶ……」
「違うのか?」
「…そうです」
 当の相手から、言われた言葉に真っ赤になりながらも、頷くあたりはやはりらぶらぶ以外の何者でもなくて。
うしがいなくても、誰かが蹴ってくれるのかもしれない。かといって、素直に蹴られる魔法使いではなかった。
「何の用だ、魔法使い。100年に一度の契約じゃなかったのか? それとも、そっちの世界とこちらの世界での
100年の時の長さが違うのか?」
「んなわけねーだろ。俺は苦情を言いに来たんだ」
「苦情?」
 いきなり現れ、バトルをさせられた挙句、やる気のないままに魔法をかけていった分際で、何の文句がある
のだろうか。
「てめー、男と結婚してんじゃねーよ。血が絶えたら、契約ができなくなるだろうが! そしたら、契約の関係で
ややこしいことになるって言うのに……。面倒くせえんだよ!」
「……はぁ?」
 いきなり現れて、なんてことを言うのだろうというのが、カナンの感想だった。
「てめーが男と結婚したから、てめえん家の血が途絶えるじゃねえか。そうなると、色々ややこしいんで、面倒
くせーんだ」
「…原因の一つはおまえだろう。面倒だからと、舞踏会に行ける魔法を掛けた結果がこれなんだから、仕方ない
だろう」
 理不尽な物言いにカナンは毅然と言い返す。
「あの、仕方ないですか……」
 恐る恐ると言った口調でセレストが問い掛けてくる。
「馬鹿もの。言葉の綾だ。きっかけはどうであれ、僕はセレストとこうなって、幸せなんだからな。だから……」
「ありがとうございます……」
 うって変わってらぶらぶモードである。端から見る人間からしてみれば、たまったものではない。
「やってらんねーな……」
 思わず、一人ごちる魔法使いに呼応するように幻獣は高らかな鳴き声をあげた。
「くぷー!」
「お?」
 幻獣の声に魔法使いはハッとしたような顔をした。
「なんだ、お前もこれを召喚できるのか」
 脳天気な顔でふよふよと漂う幻獣を捕まえて、魔法使いは暫しそれを見つめる。
「ま、何とかなるか。面倒くせーけどな」
 そう呟くと、魔法使いは杖を取り出し、なにやら呟くと、幻獣は淡い光に包まれた。
「何をする!」
 慌てて、魔法使いの手から、カナンは幻獣を取り戻した。
「問題解決をしてやってんだから、ガタガタ言うんじゃねえよ」
 そう言って、魔法使いはカナンとセレストに視線を向ける。
「これから、十月十日分、毎日あんパンと白牛乳を用意しやがれ。そうだな、ここの中庭のベンチにでも置いてろ」
「なんなんだ、それは……」
 魔法使いの言葉にカナンとセレストはわけがわからないという顔になる。だが、魔法使いは知ったこっちゃない
顔で言葉を続けた。
「あとはそいつを毎日かわいがってろ」
「くぷー」
「結果は十月十日が過ぎたら、答えてやる」
 言うだけ言うと、魔法使いは姿を消してしまった。
「何なんですか、彼は……?」
「僕に聞かれても困る……」
 一体何だったのだろうか。疑問だけが残る。
「くぷー」
 自分の身にあったことなど、気にしていない様子で、すりすりと幻獣がセレストに擦り寄ってくる。
「セレストのことが気に入ったんだな、そいつ……」
「私も可愛いと思います。彼に言われなくったって可愛がりますよ」
 ツンと指でつついてみると、嬉しそうに短い手(?)を動かして、全身で喜びを表してくる。それがなおさら可愛く
思えてくる。
「しかし、何故、あんパンと白牛乳なんだ……?」
 だが、考えれば考えるほど、疑問は深まるばかりであった。

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