| 「そうか」 「じゃあ、カナン様は?」 「ぼくか?」 「ええ。私は答えましたから、カナン様の番ですよ」 ふむ、そうだな、と小さくてもどこか偉そうに頷いて。 「かくれんぼをしていたんだ」 「隠れんぼ、ですか? カナン様お一人で?」 「ひとりじゃないぞ。くまさんもいる!」 堂々と胸を張って。 (ああ、そうだ。父上も母上もお忙しかったし、兄上や姉上はお勉強があったから……) もちろん、自分には専属の乳母や侍女がいて。たくさんの玩具を与えられていたけれど。だからといって、部屋で大人しく遊んでは いなかった。部屋を抜け出しては一人で遊んでいた。 「……。じゃあ、私も混ぜてくださいますか」 「おまえが、か?」 「はい」 膝をついて、カナンと同じ目の高さになる。 「私とではお嫌ですか?」 きょとんと目を丸くしていた小さなカナンはふるふると首を振る。 「いやじゃない。おまえとあそぶ!」 小さな手がセレストの手を掴んで。セレストは優しく笑顔を見せる。極上の優しい笑顔はこの時から変わっていない。 「じゃあ。行きましょう」 「ここであそばないのか?」 遊びたいオーラに満ち溢れた小さなカナンにセレストは困ったように笑う。 「一応、父に断らないといけませんので」 「ぼくがいいといってるのに?」 「カナン様だっておやつの時間でしょう?」 「うむ。もうそんなじかんか」 今、こうして、過去の自分たちを客観的にを見たら、結構笑えるものがある。本当は部屋を抜け出して、姿が見えなくなった小さな 王子を探す手伝いをさせられていたのだろう。なのに、そんなことには一言も触れずに。カナンが一番欲しかった言葉をくれたのだ。 (なんで。こんなに大事なことを忘れてたんだろう……) 繋いでくれた手はまめだらけでとても堅かった。それを指摘したら、「お嫌でしたら、お放しください」と申し訳なさそうに謝って。嫌じゃ ない、と必死に首を振った。差し延べられた手を離したくなかったのだ。 その後のことは今でも覚えている。セレストに連れられて城内に戻って。セレストが一緒なことに驚かれもした。 「ぼくとあそぶんだ!」 嬉しさを隠し切れないカナンをほほえましく侍女たちは見守ってくれて。セレストはその日一日、カナンの遊び相手となった。退屈 だった部屋の中の遊びもセレストが一緒だととても楽しい。カナンがはしゃぐ様を見て、その様子をこっそりと覗きにきたリグナムも 釣られて笑ってしまうほどに。 だが、楽しい時間ほど過ぎるのが早過ぎて。夕食時になったので、セレストが下がろうとすると、カナンはセレストの服の袖を掴んで 離そうとしなかった。 「かえったらいやだ」 「カナン様。あの、私も家に帰らないと、母と妹が……」 「でも、いやだ……」 セレストの服の裾を掴ん強く首を振る。助け舟を求めようと侍女たちに視線を向けると、半分困ったような、半分楽しんでいるような 表情。幼くとも王族としての分を弁えようとして、あまりだだをこねることのない第二王子が見せた初めての我が儘。 「次にって……。次はいつ来てくれるか判らないじゃないか……」 子供心にも判っていた不確定な約束。そんな不確定なものは欲しくなかった。一人でいることに慣れていたからこそ、差し延べられた セレストの手が温かくて、離したくなかったのだ。 「カナン様……」 困ったような顔のままのセレストであったが、ふと何か思い付いたようにポケットを探り始めた。 「カナン様、これを……」 「?」 セレストが差し出したのは青いビー玉。カナンが見つけたものと同じ色。 「宝物なんです。これをカナン様にお預けします。次に私がお城に上がった時に返していただけますか?」 「次に来るときに……?」 「はい、宝物ですから、かならず返してくださいね」 「……うん」 小さなカナンがギュッと大切そうに握り締めと、周囲の空気も漸く和やかなものにかわった。 (……ああ、そうだったな) 大切な宝物だから、きっとセレストは取りに来ると疑い無く信じて。 「預かってやるから、必ず取りに来るんだぞ」 などと偉そうに言い放って。あの時は騎士でも何でもないセレストが特別に剣の稽古をつけるために城に来ているとは知らなくて。 必ず来てくれると信じていた。リグナムの計らいとカナンが待ち侘びる様子を前にした国王がカナンの遊び相手としてセレストを任命 するまで何度も繰り返された光景だった。城に上がったセレストにビー玉を返して、セレストが下がる時に再びカナンの手に……。 セレストが正式な騎士になり、カナンの従者になった時にそれは終わった。 「これからはカナン様付の従者ですから、必ずカナン様の元に参ります。だから、もう必要ないんですよ」 そう笑って。大切なのはカナンだからと。だから、カナンがビー玉を持っていたのだ。返す必要がなくても持っていれば、必ずセレストは カナンのところに来てくれるから、と信じて。大切な、大切な宝物だったのだ。 (どうして、忘れていたんだろう……) 小さなカナンはセレストがただいてくれるだけで嬉しかったのに。差し延べられた手がとても嬉しかったのに。あることが当たり前になり すぎて、大切なことを忘れていたなんて。 |
ビー玉の謎が解けました。まだ、もう少しだけ続きます。