「っ……」
 恐々と瞳を開くと、そこは先程と同じ場所。
「なんだ、びっくりした……」
 時々、幻獣はカナンの予想を裏切るような行動に出てしまう。セレストに言わせれば、それはカナン様も同じです…と言うことだが、
一緒にされると迷惑である。
「おい、何がしたかったんだ?」
「くぷー」
 今だに脳天気にぷかぷかと飛んでいる幻獣はカナンのことをさらに奥の方へと。
「おい、待て!」
 そのまま、カナンは幻獣を追い掛けたが、その結果、大きく固まることとなった。
「あ……」
 そこには先客がいた。膝を抱えて座っている小さな子供。あまりのことにカナンの背に冷たいものが走る。何の訓練も受けていない
第二王子が幻獣を召喚している。王家を揺らがせるのにこれほどの大きな事件はない。
(どうしよう……)
 だが、カナンの焦りとは裏腹に先客である小さな子供は目の前を漂う幻獣にも、カナンにも反応を示さない。まるで、そこに存在する
ことを認識すらしていないように。
「おい、そこの子供。僕はカナン・ルーキウスだ。おまえは?」
 呼び掛けてみても、返事の一つもない。
「おい……」
 再度、呼び掛けてみても、何の返事も反応すらもない。そこで初めてカナンは初めて自分の存在が相手に認識されていないことに
気付いた。
(それにこの子供は……)
 子供の傍にある熊の縫いぐるみはカナンが幼い頃に持っていたのと同じもの。先程の古い玩具箱の中に入っていた。
(昔の僕、だ……)
 愕然とする。幻獣にそんな力があるなんて、初耳だ。だが、目の前の子供は確かに過去の自分なのだ。
(どういうことだ?)
 理由がわかる幻獣とは残念ながら意思の疎通は図れない。
(何をしているんだ、僕は……)
 三歳くらいの頃だ。その頃な記憶なんて、余程インパクトの強いものでなければ覚えてなどいない。だから、こんな裏庭の隅で膝を
抱えている理由なんて自分でもわかるはずがない。
「カナン様……?」
(え……?)
 懐かしい声にカナンは反射的に振り返る。
「カナン様ですよね?」
 鮮やかな青い髪。優しげな光をたたえたグリーンの眼差し。けれど。カナンが知るよりもずっと幼い姿。声もまだボーイソプラノで。
「だれだ、おまえは?」
 傍から見て、過去の自分とは言え、生意気に見えるのは何故だろう。
「私はセレスト・アーヴィングです。アドルフ・アーヴィングの息子です」
「きしだんちょうの?」
「はい」
 小さな王子に優しい笑顔を。今の笑顔と何一つ変わっていない。カナンは愕然とするしかなかった。

(思い出した。僕がセレストに出会った時だ……)
 正確に言えば、少し違う。セレストが良く話す初めて二人のが出会い。生まれてから一月くらいした頃だったらしい。らしい、と
いうのは、カナン自身がそんな小さな頃の話を覚えている筈もなく。何度、覚えてもいない頃の話をするな、と腹を立てたことか。
「おまえはなにをしている?」
「私、ですか?」
「そうだ。アーヴィングならしつむしつか、くんれんじょうにいるだろう?」
 どうして、わざわざこんなところに?と聞きたいらしい。
「父に剣の稽古をつけてもらいにお城に上がらせていただいてるんです。その帰りです」
 父であるアドルフにかなり厳しく鍛えられているらしく、少年だったセレストの手はまめだらけ。絆創膏や包帯だらけなのも痛々しい。
何故だか、ひどく胸が痛んだ。

タイムトラベルものじゃないんです。だから、カナンの姿は過去のカナンやセレストには認識されていません。

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