ピチャンと水音が近くで聞こえた。
(……?)
さっきまで、森の中にいたはずなのに、水音が聞こえるのが不思議でたまらない。そして、暖かい何かに包まれているのは……。
「もう大丈夫だと思いますよ……。過労からの発熱ですね」
「そうか。良かったな、スイ……」
ぼんやりとした思考の中に入ってくる会話。
「きゅるりー」
弟が声を上げる。その時点でぼんやりとしていた意識がはっきりと浮上した。
「スイ?!」
がバット跳ね起きるとそこは見知らぬ部屋の中。自分はベッドに寝かされていて。
「ここは……?」
「おお、目が覚めたか?」
「坊ちゃん……」
意識を取り戻した白鳳の前にいたのはスイを抱いているカナンであった。
「えっと……」
状況がわからず、とにかく起き上がろうとするのを医者が慌てて制する。
「まだ、起きちゃいかんよ。過労からの発熱だからな」
「……そうですか」
あのまま、森で倒れてしまったところを運んでもらったらしいと自分の状況を逡巡していると、医者はカナンにいくつかのことを話して出て行った。そして、ふと思い至る。ここはルーキウス王国ではない。どうして、カナンがここにいるのか、と。
「どうして、坊ちゃんがここに?」
倒れたのは森の中だ。それにルーキウス王国からは離れている地だ。会うはずがないのだと驚いている白鳳にカナンは言った。
「ここは僕の母の実家がある国でな。遊びに来ていたところをスイが鳴いているのに遭遇してな。必死で鳴いているものだから、つい打て行ったら、お前が倒れていてな。勝手だが、ここまで運んできた」
「きゅるりー」
「ずいぶん、心配していたぞ。医者が過労だと診断するまで、不安げだったからな」
そう言いながら、カナンはスイを白鳳の下に下ろしてやった。
「坊ちゃんお一人で?」
「神風も手伝ってくれたぞ。お前も主人なら、お供に心配かける真似をするな」
「坊ちゃんにだけは言われたくないんですけど……」
従者を振り回してばかりだった姿を知る者としては、はっきり言って一番言われたくない言葉だった。
「む、失礼な。僕は行き倒れたりはしていないぞ」
「……いえ、そういう問題ではなくて」
カナンの正体はルーキウス王国の第二王子であることを白鳳は知っている。そのカナンが森の中でで行き倒れていた白鳳を発見したということがそもそもの問題なのだが、当の本人はまったくといっていいほど、気にしていないらしい。
(…セレストも気の毒に……)
ふと、そこまで考えて、白鳳はセレストがいないことに気づいた。
「そう言えば、愛しのセレストの姿が見えないんですけれど」
「……誰が、愛しのだ」
「じゃあ、私のセレストで」
「それも却下だ。『じゃあ』とは何だ。『じゃあ』とは」
「やだなあ、坊ちゃん。言葉の綾じゃないですか」
にっこりと極上の笑みを浮かべて、ようやく自分のペースへと。こちらの方がしっくりくる。
「あいにくとセレストはここには来ていないぞ。僕と姉上と数人の身の回りの世話をする人間だけだ。あれも何かと忙しいからな」
「……今ごろ、坊ちゃんと同じで羽を伸ばしてますかね」
「どういう意味だ」
白鳳の言葉にカナンが憮然とすると、コンコン…と控えめなノックの音。カナンは立ち上がると、ドアを開けた。
「カナン、旅の人が目を覚ましたって聞いたから、プリンをもってきたんだけど」
「すみません、姉上にわざわざ……」
「いいのよ、侍女たちが綺麗な人だって騒ぐから、私も会ってみたかったの〜」
そう言って、リナリアは柔らかな笑みを浮かべた。
「お体は大丈夫かしら。甘いものはお嫌い?」
「いえ。倒れていたところを助けていただいた挙句にお手を煩わせてすみません」
初対面の相手には礼儀正しく。それが相手を信用させるポイントだ。相手がおっとりとしたタイプなら、より効果的である。
「困った時はお互い様でしょう? ね、カナン?」
「そうですね。姉上」
(へぇ……)
小生意気な子供でも姉の前では素直なようだ。意外な発見を見た気がした。