「方法は簡単。その女を操ってる邪気が離れた瞬間にその本を邪気に投げつけて、兄ちゃんの名で封印する。封印の言葉は 兄ちゃんが以前に使ったものと同じ」 「……信用できるか!」 「ここまでサービスするつもりはなかったけど。兄ちゃんの力は兄ちゃんが思ってるよりも大きいんだよね。レイブンが許して くれたら、今すぐにでも殺してしまいたいくらいにね」 幼い外見には不釣合いなほどの妖しい笑み。そして、それがあまりにも似合いすぎていて。言葉に信憑性を持たせる。 「わかった」 「セレスト?!」 躊躇いもなく剣を構えるセレストにカナンは非難の視線を向ける。けれど、それをとめることはできなかった。スローモーションで 流れる映像をただ見ているかのような感覚。 「キャァー!」 閃いた剣が彼女の身体を貫くその一瞬、彼女の瞳が正気に戻ったかのようにカナンには見えた。 「よせ、セレスト!」 だが、セレストが彼女を切りつけようとした瞬間に、彼女の身体から淡い幻影のようなものが離れたのをカナンは見逃さなかった。 咄嗟に本を拾い、それをその幻影に投げつける。 「カナン・ルーキウスの名において命ずる。魔物よ、あるべきものの場所に戻れ!」 間に合ったのか、そうでないのか。ただ必死に叫ぶしかなかった。セレストに彼女を殺させてはいけない。ただそのことだけが脳裏を 支配していた。 バサッ! 本が落ちる。幻影の姿はない。セレストの剣は彼女の首元寸前で止まっていた。 「やるじゃん、兄ちゃん」 パチパチ……。曖昧な笑みを浮かべて、ユーリは拍手を送る。 「青い髪の兄ちゃんとの連携、あいつらみたいだったよ」 ユーリがさすあいつらとはかつてのこの国の創始者ルーシャスと彼をかばって命を落としたロイのこと。 「本当、嫌になるくらいにあいつらを思い出すよ。レイブンが許してくれたら、今すぐにでも殺したいほどにね」 軽やかにバルコニーに出て、ユーリは笑う。 「その女の記憶は俺が消さなくても大丈夫だよ。人間って、自分に都合の悪いことは忘れるようになってるしね」 「待て!」 追いかけようとするが、闇夜に身を翻されてはもう届かない。軽く舌打ちをしつつ、カナンはセレストを振り返る。 「セレスト、彼女は……」 「……気を失ってるだけです」 その口調はまだセレストの怒りを感じるようで、何とも言えない。セレストは黙って、彼女を抱き上げた。 意識を失った彼女をセレストは部屋に運んで行った。貧血を起こして倒れたようだから、と別の侍女に言付けて。ユーリの言葉通り なら、目覚めれば、彼女の記憶は消えている筈だ。 『人間ってね、俺が何もしなくても酷く辛いことなんかは本能で忘れるようになってるよ。一応、暗示はかけてやるけど』 そうであればいい。覚えている方が辛いだろう。本の中の魔物に操られて錯乱していたとは言え、一国の王子に手を掛けようとして いたのだ。そして、その結果、想い人であるセレストに剣を向けられ、危うく殺されかけて。いくら国民総暢気な国とは言え、その重さは 堪え難いだろう。 (カナン様は彼女の罪を問うようなことはなさらないだろう……) 禁断の書のことはそれとなくリグナムには話すだろうが。彼女の罪を問うことはないとカナン自身が言ったのだ。彼女もまた被害者 なのだから…と。カナンがそう言うのなら、セレストに反論する理由等あるはずがない。どれ程、セレストが彼女に怒りを覚えていよう とも……。 (カナン様はあの時の俺をどう思われたんだろうな……) カナンを守る、それだけを優先して、躊躇いなく彼女に剣を向けた。誰であろうと、カナンを傷付ける存在を許せる筈がない。愚かな までの想い。 『面白いものを見せてもらったよ』 ユーリの言葉が見えない刺となって心に突き刺さったまま。カナンのために手段を選ぶことのないこの身の愚かさを楽しんでいた のだろう。あの言葉に後悔はない。それがセレストにとっては真実だ。ただ、カナンと向き合うことが恐かった 「セレスト」 「カナン様……」 禁断の書を図書室の奥に戻して来たカナンが廊下にたたずんでいる。セレストを待っていたのだ。 「本は閲覧許可がいる棚に入れて来た。機会を見て、兄上に進言するつもりだ」 「はい……」 「お前の入れてくれるお茶が飲みたい。部屋に来てくれ」 「わかりました」 前を歩くカナンの後をセレストは着いて行く。その背中はセレストにはひどく遠くに感じられた。 |
……あう。ごめんなさい。でも、こういうセレストを書いてみたかったので……。
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