「お待たせしました、カナン様」 「うむ」 紅茶のいい香りが部屋中に広がる。しばらくその香りを楽しんでから、カナンは紅茶に口をつけた。 「ん、美味しい」 「ありがとうございます……」 交わされる言葉は少なくて、すぐに沈黙に陥る。その空気の重さに耐え切れずにセレストが口を開いた。 「私を軽蔑なさってもいいんですよ、カナン様……」 「セレスト?」 突然のその言葉にカナンは戸惑う。 「貴方を守りたかったからと言って、あれは騎士としてあるまじき姿でした。俺はこんなにも醜いエゴイストな人間だ。貴方には 見せたくなかった……」 自嘲するようなセレストの言葉にカナンは緩やかに首を振った。 「それは違う。それを言うなら、僕が一番のエゴイストだ。僕の夢にお前を巻き込んだんだ。そこから、始まったんだからな……」 そう言って、カナンはセレストの前に膝を着く。 「カナン様……?!」 主君であるカナンに跪ずかせることにセレストは慌てるが、カナンは気にすることなくセレストの足首に手を伸ばした。そこには 未だに白銀に輝くアンクレットがあった。 「僕の愚かな我が儘でお前を縛り付ける結果になった……。僕があの時、あんなことをしなければ、おまえは僕の冒険に付き合う こともないままに普通に生きて。彼女のような女性と幸福な家庭を気付いていたかもしれないのにな……」 おっとりとした可愛い女性と幸福な家庭を築く…。当たり前の幸福を手にするはずだったセレストの未来を歪めたのは、自分自身。 そう告げるカナンにセレストは強くカナンを抱きしめた。 「セレスト……」 「どうして、そんなことをおっしゃるんですか? 俺の気持ちを否定したいんですか?」 「……違う! 僕はただ……」 「ただ、何だとおっしゃるんですか? あなたが俺を縛ってるんじゃない。俺があなたの側にいたい、それじゃいけないんですか?」 痛いくらいに抱きしめられる。セレストの腕の強さはその思いの証のようで。今の自分には相応しくない気がして、泣きたいのに 泣けない。 「だから、そんなことをおっしゃらないでください。お願いだから……」 「セレスト……」 言葉が心に追いつかなくて。カナンは請うようにセレストを見上げる。セレストの瞳に移る自分は途方にくれた顔をしている。ひどい 顔だ、と思う。ひどく切なげにゆがんだ顔のセレストの頬に手を伸ばそうとすると、セレストはその手を取って、口付けた。 「あなたが大切だ。あなたに害があるなら、他の誰かを傷つけてもいいなんて考えてる騎士失格の男です。こんな俺をあなたは醜く 思いますか?」 「……思うわけない。僕だって、他の何よりもおまえをとろうとした。王子失格の人間だ」 否定などできるはずのない感情。誰もがそれを胸に秘めている。 愚かな感情。だが、その愚かな感情もまた真実で。愛する者に見せたくないからこそ心の奥底で封印する。それをさらけ出してし まえば、相手が自分から去ってしまうことだってある。 「……それでも、僕はお前の手を離せない」 「私もです」 だが、それが愚かであろうとも互いにそれを望みあうのなら、それもまた真実の感情で。 「カナン様……」 「ん、セレスト……」 重ねあう肌が、心がそれをよすがとする。この手を離せないことは離せないことは事実で。それでいいとすら思えるから。 ただ、今はこの手を離さないように、強く握り締めて……。 全ての邪悪なるものを解き放った箱の奥底に希望が残されていたように、今はこの手が互いの…… |
やっと完結〜。本当、彼女の名前を出さないままに終わりましたね。書きたいテーマはただ一つ。”優しいだけじゃないセレスト”はクリア
出来たかとは思います。うう、消化不良ではありますけど〜。
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