「へぇ、久々にその本が発動したと思ったら、兄ちゃんたちが関っていたんだ」
「?!」
 聞き覚えのある声に、セレストとカナンに緊張が走る。気がつけば、窓辺には明るい髪の少年が座っていた。
「ユーリ?」
「やっほー。お久しぶり」
 数ヶ月前、ルーキウス王国に冒険者ギルドが存在していた。見た目は少年の彼の正体はかつて人間を苦しめた八翼の堕ちたる
天使、ウルネリスの分裂した一翼の一つで。
「何の目的だ? 彼女は貴様が操っていたのか?」
 精神支配を得意としていた彼なら、彼女を操ることも可能なはずだ。だが、ユーリは不本意そうに眉をひそめた。
「あのさ、俺だって暇じゃないんだよ。何で、そんな人間一人操るのに、出てこなきゃいけないんだよ」
「だが、実際来たじゃないか」
「……だから、それはその本が発動したからさ」
 トン、とユーリは窓辺から降りる。
「その本には昔に俺が閉じ込めた魔物がいて。その魔物が本から呼び出されたみたいだから、気になったんだよ」
「魔物が書物に……」
「そう。その魔物ってば、呼ぶんだよ。自分を必要としている人間をね。そして、その人間の望むことをかなえてやろうとする。人間の
心の負の部分を糧にしてて。その本に封印されてからは、自分を必要とする人間を誘い続けてたみたいだけど。この国の人間は脳
天気だからね。なかなか使われなかったみたいだったね」
 そう言いながら、クスリ、とユーリは笑う。
「どうして、その本が今になって……」
「言ったろ? 読んだんだって。胸に闇を抱える思いを抱えたこの女を、ね……」
 楽しそうに笑いながら、ユーリは彼女を一瞥した。
「何故かって聞いたら、俺、笑うよ? 青い髪の兄ちゃんが好きだから、だよ。そっちの兄ちゃんがいたら、邪魔なんだって言ったろ?」
「あ……」
「そりゃぁ、兄ちゃんたちは本当の意味で仲良しだし。妬けるよね。そこを付け込まれたわけ」
 うつろな瞳をして、セレストとカナンをひたすら見つめる彼女を痛々しいと初めてカナンは感じた。
「元に戻す方法はないのか?」
「セレスト?」
 感情を押し殺したようなセレストの口調にカナンが一番戸惑った。
「その女が死んだら、離れるんじゃない? 宿主がいなくなったら、意味ないじゃん」
「……そうか」
 淡々としたセレストの口調が非常に気になった。けれど、かけるべき言葉が思いつかない。
「ねぇ、青い兄ちゃん? その女はあんたが好きなあまりにその想いを成就しようと禁書を持ち出したんだよ? あんたのせいじゃ
ないの?」
 クスクスと笑いながら告げる、ユーリの声。そう、彼は楽しんでいるのだ。だからと言って、彼を楽しませる義務がセレストにある
はずがない。
「俺を思ってくれようが、くれまいがそれは彼女の勝手だ。だが、カナン様を傷つけることは許せない」
 鞘から、剣が抜き取られる。そして、それは躊躇いなく彼女に向けられた。
「殺すの? できるの、青い髪の兄ちゃん?」
「できるさ。俺は君が思うほどは優しい男じゃないんでね」
 躊躇いも何もない表情。
「やめろ、セレスト。彼女は操られているだけなのだろう? ならば、彼女を元に戻せば……」
「彼女が死なない限り、彼女を操っている魔物は彼女から離れない、とユーリが言いました。ならば、仕方ないでしょう?」
「セレスト!」
 見たこともないセレストの表情。淡々としていて、静かな迫力に満ちていて。こんなセレストの表情をカナンは知らない。ただ圧倒
されるばかり。
「へぇ? 操られていることを知るのは兄ちゃんたちだけだよ? 何の罪もない女を騎士である兄ちゃんが殺すのかい?」
「俺も聞き返そうか? 一介の侍女と騎士団長の息子であり、近衛隊の副隊長である俺の発言とどちらが重いと思う? まして、死人
には何も反論の余地もない。そして、ご丁寧にも、彼女はナイフを持ってカナン様の部屋に深夜に押し入ったんだ。俺が罪で問われる
わけもない」
 その言葉に一瞬だけ唖然としたユーリであったが、やがて声を上げて笑い出した。
「青い髪の兄ちゃん、本気で言ってるんだ? なら、いいや。奇麗事ばかりじゃないって言うのは、俺は嫌いじゃないしね。あっちの兄
ちゃんは気に入らないけど、青い髪の兄ちゃんは気に入ったな。だから、青い髪の兄ちゃんに免じて、魔物の封印方法を教えてあげ
るよ」
 そう言いながら、ユーリは手にしていた禁書をカナンに投げつけた。


この辺のセレストが書きたかったんですよね。ある意味、怖いセレストですが。優しいだけじゃない彼を書きたかったので……。

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