深夜、王宮の廊下を歩く人影が一人。こんな時間には見回りの兵士以外の人間が歩くことはまれである。だが、それを誰にも 見咎められることなく彼女は目的地まで歩いた。 「……」 手にした本を手に、何事かを呟くと、鍵のかかったドアは簡単に開く。音を立てることのないように彼女は扉を開けて、目的の 人物が眠るベッドに近づいた。 「カナン様がいけないのよ……」 空ろな表情で呟くと、彼女は躊躇いなくナイフを振り上げた。 「……やはり、君だったのか?」 ベッドの中から聞こえてきたその声に彼女は硬直した。いるはずのない人間の声がベッドからしたのだ。 「セレスト様……? どうして……」 「最近、カナン様の身におかしいことが続いていたからね。リナリア様が君の持っていたブレスレットの意思のことを言ってくだ さってね。疑っても仕方のないことだとは思うけど……」 ゆっくりと起き上がり、セレストはきつい視線で彼女を見つめる。 「セレスト。あまり彼女を刺激するな」 ベッドの脇に身を隠していたカナンが姿を現す。 「どうして、僕の命を狙う? 僕の何が問題だと言うんだ? 僕が知りたいのはそこだ」 命を狙われるのは不穏なことではあるが、できる限り穏便に済ませてやりたい。もし、何か事情があるとしたら、力になって やることもできるのだから。だが、カナンのそんな思いは簡単に踏みにじられた。 「……邪魔なのよ」 「え?」 「あなたが邪魔だから、いなくなればいいと思ったのよ」 冷たく言い放った彼女の言葉にカナンは愕然とする。向けられるのは冷たい憎悪。 「一体、何が……」 直接かかわる機会が少ないとはいえ、その人となりは自然と耳に入ってくるものだ。温厚で大人いいといわれているはずの 彼女の口からその言葉が出てきたことにカナンもセレストも自分の耳を疑いたくなった。 「君は自分が何をしているのか知っているのか?」 王族の命を狙うことは立派な反逆罪だ。いくら、国民総暢気な国とはいえ、ただですむはずがない。だが、彼女は不思議 そうな顔をして、セレストに問いかけた。 「だって、その人がいなければ、あなたは私を見てくれるでしょう? 」 歪んだ笑顔を向ける彼女を信じられないものを見る気持ちでセレストは見つめた。 「カナン様がセレスト様を振り回すから、いけないのよ……。そうよ、カナンさまさえいなければ……」 ナイフを持った彼女がカナンに襲い掛かろうとする。だが、所詮彼女は女で一般人だ。鍛え抜かれた騎士であるセレストに かなうわけがなく。簡単に足払いをかけられ、転倒させられる。勿論、女性であるから手加減も忘れてはいない。 「どうして……?」 空ろな瞳で彼女はセレストを見上げる。正気を失った瞳。 「セレスト、あまり手荒な真似はしないでくれ」 尋常な事態ではない。だが、カナンは彼女が正気でないことに気づいていた。だからこそ、原因を突き止めて、彼女を正気に 戻してやる必要を感じていた。そうでなければ、いつになく激昂しているセレストを止められないからだ。 「どうして、私のことは見ないのに……。カナン様の言う事を聞くの……? どうして、カナン様がセレスト様を独り占めしている の……?」 「……!」 その言葉にカナンは衝撃を覚えた。 「僕のせい……?」 「そうよ。カナン様がいなければ、セレスト様だって……。この本にそう書いてあったの。いらないものは消してしまえばいいって ……」 いつの間にか彼女の手には一冊の本があった。 「だから、消えなさいよ!」 ヒステリックな叫びが響く。だが、普通なら、これだけの騒ぎになっていれば、誰かが城の衛兵が来るはずだ。だが、誰も来ない。 そのことに気づいて、セレストは初めて事態のおかしさに気づいた。 「カナン様、彼女は正気ではありません。それにあの本は……」 「お前が気づくと言うことはよほどだな……」 魔法に長けていないセレストですら感じる禍々しさ。彼女の狂気の一因がその禍々しさにあるとしたら、彼女の手からその本を 取り上げることが先決だ。だが、それだけで彼女を抑えられるのか、そのことだけが不安だった。そして、次の瞬間に思いもかけない 方向から投げつけられた言葉がそれを決定的なものにした。 |
ああ、ごめんなさい。何かものすごく嫌な女ですね。彼女。
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